第28話 妹を操るなんて“普通”じゃない!
こちらも引き続きよろしくお願いします。
「くそ! どこへ行った?」
大臣は辺りを見渡す。
狼藉者や王女の姿はどこにもない。
兵士達も同様に探しているが、足跡すら見つけられないようだ。
ぼくの【霊姿化】は、音も出さなければ、痕跡を残すこともない。
幽霊の声が聞こえないのと一緒だ。
ぼくたちの身体は、少し違う世界にいるのだから。
だけど、干渉が出来ないわけじゃない。
この状態でも、魔力を極限に高めることができれば、触れることは可能だ。
そして、今それが出来るのは、ぼくしかいない。
拳に魔力を溜める。
ドロドロに溶けたマグマのように赤く光った。
そのまま近くをウロウロしていたエルフの兵士にボディブローを入れる。
「げはっ!」
昏倒した。
騒然となる。
突然、兵士が悲鳴を上げて倒れたんだ。
大臣も何が起こったのかわからず、狼狽えていた。
その顔に最初出てきた時の余裕はない。
引きつり、青ざめていた。
「近くにいるぞ! 【天照らす光】だ。魔導兵! ありったけの【天照らす光】を掲げよ」
大臣は命令する。
魔導兵たちは手をかざした。
周辺にたくさんの魔法の光が放たれる。
あらら……。
そんなことをしても無駄なのに。
ぼくたちは、今大臣たちがいる世界にはない。
干渉するには、ぼくのように魔力を込めるか、次元系の大魔法が必要だ。
気配察知系の魔法なんか見つけられっこない。
そんなこともわからないのかな?
エルフってもっと魔法に長けた種族だと思っていたのに。
ぼくは次々と兵士を昏倒させていく。
バタバタと倒れていく兵士を見て、大臣は狼狽えるしかなかった。
気がつけば、1人になっていた。
「そんなバカな……。一体……一体、何が起こっているんだ」
大臣はペタリと尻餅をついた。
自然と女の子座りになる。
上着がズレた姿は、もはや威厳はなく、一国の大臣には見えなかった。
「さすがは、エイスね」
「はうぅ……。すごいですぅ」
マリルーとロザリムがパチパチと拍手を鳴らした。
別に“普通”だと思うけど……。
ほめられるとちょっと照れくさいな。
すると、ポンとぼくの肩をリナリルさんが叩いた。
「よくやったな、エイスくん」
「いえ。これぐらいはお安い御用ですよ」
「このままで大臣と話せるか?」
「はい。大丈夫です。ぼくの手を取って下さい」
リナリルさんは、早速ぼくの手を握る。
手が熱い。
きっと怒っているのだろう。
握った手を介して魔力を送る。
合図をすると、リナリルさんは大臣に話しかけた。
「大臣、降参しろ。ここにいる冒険者たちは強い。お前の首を刈ることも造作も無いぞ」
「ひぃ! ひぃいいいい!! お助けを! どうか、姫! ご慈悲を!」
大臣は平伏する。
そのまま顔が地面に埋まるんじゃないってくらい額を擦り付けた。
「なら、わたしたちをお兄さまの下へ案内しろ」
「それは……」
「いやなら、押し通るだけだ。ここにいる冒険者たちの力は、国を消し飛ばすことさえ造作もないぞ」
「ひっ! ……わ、わかしました! どうぞこちらへ」
大臣は案内を始めた。
背中を丸めた姿は、大きな鼠のようだった。
◆◇◆◇◆
「ちょっとリナリル! 国を消し飛ばすって何よ! 私、そんな凶暴じゃないわよ」
大臣に案内されながら、マリルーは口を尖らせた。
リナリルさんは肩を竦める。
「言葉の綾だ。脅迫するぐらいなら、あれぐらい大それていた方がいい」
その脅しは覿面だったらしい。
大臣は大人しく、ぼくたちを王宮へと案内している。
それにあながち間違っていないしね。
やろうと思えば、この国なんて……。
ああ。これ以上はいわないでおこう。
リナリルさんが国に戻るような事態になったら、早急にミスリル製の外壁に作り替えないとね。
大臣は素直にぼくたちを案内していた。
おどおどした顔で、時折後ろを振り向く。
ぼくたちは霊姿のままだ。
だから、大臣にも他の人間にもわからない。
傍目からみれば、大臣がお城の廊下を1人で歩いているようにしか見えるだろう。
衛士たちも気にも止めなかった。
リナリルさんは、ぼくと手を繋いだまま、大臣に話しかけた。
「お兄さまが戻ってきたのは、いつだ?」
「え? そうですね。……あれは、一昨年でしょうか。ふらっと突然、王宮にお戻りになられたのです」
戻るとすぐに、リナリルさんのお兄さんは王位を継ぐと宣言した。
先代の王様と王妃様はいたく喜んだそうだ。
王位を譲る気満々だったらしい。
だが、直後身罷られた。
すぐに犯人が特定された。
それが、第2位の王子と、第5位の継承権を持つリナリルさんのお姉さんだ。
そうして親族を吊し上げていくことによって、お兄さん――フォルデュナンテは、王位を確立し、今エルフの国の王として君臨しているという。
「全然知らなかった……」
「対外的には伏せていたので……」
「本当にお兄さまが、レヴェロムお兄様とラジィールお姉様を殺したのか?」
「それは――。ご自分で確認されてはいかがかと……」
気がつけば、見上げるほど大きな扉の前に立っていた。
城門じゃない。
それは王宮の中にあった。
きっとこの奥が、王の間なのだろう。
ゆっくりと扉が開く。
目が痛くなるほど、赤い絨毯が広がっていた。
その先に、1段、2段、3段と登った場所に、玉座が置かれている。
椅子には、すっぽりと鎧に身を包んだ男が座っていた。
あれれ……。リナリルさんのお兄さん?
すると、顔を鉄仮面ですっぽりと被った騎士は立ち上がる。
「よく戻ったな、大臣。狼藉者たちは排除できたのであろうな」
「そ、それが……」
「ん?」
殺気が渦巻く。
大臣の身体が震え上がった。
「も、もちろんですとも……」
「嘘をつけ!!」
騎士は喝破する。
広い王の間に響き渡り、硬い石壁をビリビリと震わせた。
「お前の周りに、鼠の臭いがするぞ」
「フォルデュナンテ様……。それは――」
騎士は手を掲げた。
周囲に魔力を解き放つ。
すると、ぼくたちにかかっていた霊姿化の魔法が剥がれた。
強力な魔法無効だ。
王の間に、ぼくら『鯨の髭』とリナリルさんの姿が露わになる。
それだけではない。
待ち受けていた衛士たちが取り囲んだ。
槍の切っ先を、ぼくたちに向ける。
「うっそ!! エイスの魔法が消滅した!」
「いや、それよりも……」
「はうぅ……。罠ですぅ!!」
「大臣! これはどういうことだ!」
「し、知らん! 私は何も――」
動揺が走る。
大臣は何も聞かされていなかったらしい。
いや、それよりもぼくの魔法をキャンセルするなんて。
さすがリナリルさんのお兄さんだ。
――って、誉めてる場合じゃないな。
「久しぶりだな、リナリル……」
「本当に……。本当にフォルお兄さまなのか……」
「信じられないか?」
騎士は鉄仮面に手をかける。
結んだ紐を解くと、ゆっくりと持ち上げた。
綺麗な金髪が、腰の辺りまで下る。
現れたのは、紫色の瞳だ。
よく似ている。
一目でリナリルさんのお兄さんだとわかった。
「フォルお兄さま……」
そのリナリルさんが固まっている。
いつもは物憂げに半閉じされた瞼を大きく見開いていた。
どうやら間違いないらしい。
あれれ? でも、この人って……。
「お前の帰りを待っていたよ、リナリル」
「私の帰りを……」
「うそよ! あんたは、リナリルを家臣に殺させようとしていたんじゃない!」
マリルーの声が、場の空気を切り裂いた。
私は騙されないぞ――とばかりに眉間に皺を寄せる。
フォルデュナンテを睨んだ。
対して、バナシェラ王国の新しい王様は、落ち着いていた。
「それは部下が誤解したのだ。私はリナリルの死を望んでいない」
「でも、リナリルの兄姉は殺したのは、お前だろ?」
エトヴィンも舌戦に参戦する。
フォルデュナンテさんは穏やかに答えた。
「私は罰しただけだ。父と母を殺した大罪人を――」
「それも、あんたが――!」
マリルーは怯まない。
けれど、今のところ証拠はない。
その証拠も入念に擦り潰されているのだろう。
本人の口から漏れる言葉には、自信があった。
「リナリル、心して聞いてほしい。君と私は、他の兄姉たちに殺されるところだったのだ」
「私とお兄様が……!」
フォルデュナンテは、遺跡で失踪した時の話を語り始めた。
ある時、遺跡に来るよう他の兄姉に呼び出された。
素直に従うと、お兄さんは殺されそうになったらしい。
だが、計画は失敗。
そのまま国を脱出し、機会を見て戻ってきたのだそうだ。
聞く限り、話のつじつまは合っている。
けど――。
「リナリルよ。国に戻ってきてくれ。そうすれば、お前を我が后に迎えよう」
「リナリルが后ですって!!」
マリルーが素っ頓狂な声を上げる。
これにはぼくも目を丸くした。
「お前が、私に対し好意を向けてくれていたことは知っている。私を遺跡から助けようとしていたこともな。気づいたのだ。私が信じられるのは、唯一お前だけだと。どうかバナシェラに戻ってきてくれ。一緒に言語の研究をしようじゃないか?」
手を差し出す。
すると、リナリルさんは導かれるように、お兄さんに近づいていった。
「ちょ! リナリル! 本当に信じていいの?」
「あれは兄様だ! 私が大好きだった!」
「リナリル! 目を覚ませ!」
「はうぅ……。リナリルさん、何かおかしいですぅ」
傀儡のようによたよたと歩いて行く。
ぼくはその手を握る。
彼女を押しとどめた。
「ダメですよ、リナリルさん」
彼女を抱きしめる。
え――――ッ!!
その場にいた人たちの目が丸くなるのも見えた。
ぼくは魔法を唱える。
【時空逆理】!
どこか上の空だったリナリルさんに意識が戻る。
「へっ? え、エイスくん」
「良かった。リナリルさんの意識が戻って?」
「ど、どういうことだ? いや、それよりも何故君はわたしに抱きついて」
あ……。
「すすすすすす、すみません。その――」
【時空逆理】は、リナリルさんに触れるだけで発動しただろう。
けれど、ぼくは思わず彼女を抱きしめていた。
なんでだろう?
嫌……だったのだろうか?
彼女が……。リナリルさんがお兄さんの后になることが……。
「と、ともかく戻って良かったです」
「いや、こちらこそすまない。何か急に意識がぼうとして」
やっぱり魅了系の魔法の影響だな。
ぼくはお兄さんに振り返った。
ちっと舌打ちが聞こえてくる。
憎々しげに、ぼくの方を睨んだ。
「貴様! 何者だ!!?」
「それはこっちの台詞です。いい加減、お兄さんの姿になるのはやめませんか?」
「な――――ッ!」
フォルデュナンテの表情が凍り付く。
リナリルさん以下、マリルーたちや大臣も驚いていた。
あれれ?
みんな気づいてなかったのか?
ぼくは手を掲げた。
お返しとばかりに、魔法無効を解き放つ。
フォルデュナンテの直下に魔法陣が光った。
バリバリと気味悪い音を立てる。
すると、甘いマスクの下から別の姿が現れた。
鈍色の長い髪。
褐色の肌。
唇が青白く、1本牙がはみ出していた。
その瞳は紅蓮に染まり、人間というよりは猛禽の類いに近い。
みんなが息を呑む。
唯一、ぼくだけが現れた姿を、しっかりと目に焼き付けていた。
それは人族でも、エルフでも、獣人族でもない。
魔族――。
いにしえの時代より、ぼくたち人族と敵対関係にあった種族だった。
新作「転生賢者の村人~外れ職業『村人』で無双する~」という作品を始めました。
まだ未読の方は、是非是非読んで下さい!
「その村人~」ともども、村々コンビをよろしくお願いしますm(_ _)m




