第27話 家臣が裏切るなんて“普通”じゃない!
更新が速いだと!?
【爆風豪砲】!!
マリルーは杖を掲げ、呪文を唱えた。
森の中に隠れている射手を吹き飛ばす。
地面や木に叩きつけられたのは、みんなエルフだ。
反対側から呪文を唱える声が聞こえた。
バナシェラ王国王宮へと続く道には、ずらりと黒金糸を纏った魔導士たちが居並んでいた。
掲げた手には、炎が光っている。
「俺が前に出る!」
「はうぅ……。お手伝いします!」
エトヴィンが前面に出て、盾を構える。
その後ろで、ロザリムが呪文を唱えた。
【職能気質】!
エトヴィンの身体が淡く緑色に光る。
スキルパラメーターが上昇する補助魔法だ。
力を得た盾騎士は、力強く叫んだ。
【強固な騎士の魂】!
巨大な魔力の盾が生まれる。
同時に、魔導士たちから炎を放たれた。
エトヴィンが生み出した盾は、なんなくそれを弾く。
「うぉおおおおおおおお!!」
それどころか一気に押し返した。
炎を弾き飛ばしながら、エトヴィンは魔導士軍団に接敵する。
盾から剣を引き抜くと、魔導士たちを吹き飛ばした。
王都の審査所の前が静かになる。
聞こえてくるのは、夜鳥の鳴き声だけだ。
「ふー。なんとかなったわね」
マリルーは額の汗を拭う。
襲ってきたのは、バナシェラ王国の国境警備隊だ。
ぼくたちは友好的に話し合おうと思っていたんだけど、リナリルさんの顔を見るなり、突然射掛けてきた。
結局、交戦になり、今に至るというわけだ。
「リナリル、大丈夫?」
「あ、ああ……。寸前でエイスくんが助けてくれたからな。……ありがとう、エイスくん」
「いえ。ぼくは“普通”のことをしただけですから」
リナリルさんに向かって放たれた矢の1本をへし折る。
「それよりごめんね。ぼくも手伝えれば良かったんだけど……」
「いいのよ、エイス。あんたがやっちゃうと、死んじゃうかもしれないからね。今度からは手加減ができるようになってよ」
「うん。頑張るよ」
でも、この辺りの人って、脆すぎるんだよな。
みんな“気”を使っていないみたいだし。
よくそんな身体で生きてきたなと思う。
きっとこの辺りの人って、魔獣から隠れるのがうまいのだろう。
すると、あらかじめ展開していた【地図走査】に、新たに光点が光った。
新手だ。
真っ直ぐぼくたちの方へ向かってくる。
「何人?」
「200人はいるかな」
「多いな……」
「はうぅ……。ロザリムたちだけでは無理ですぅ」
「仕方ないわね。エイスくん、お願い」
「待て」
ぼくの手を取ったのは、リナリルさんだった。
冷たい手だ。
きっと緊張してるんだろう。
でも、ちょっと気持ちいい。
すべすべしてるし……。
これがリナリルさんの手なんだ。
いやいや、そんなことを考えている場合じゃない。
今、大事な場面だ。
ぼくが緊張してどうする。
余計な雑念を振り払った。
ザッと足音を立てて、【地図走査】が示していた通り、新手がやってくる。
200人の兵士はすぐに配置に付き、円状にぼくたちを囲んだ。
矢の先が、ぼくたちに向けられる。
その囲いが割れた。
男がやってくる。
随分とおじいちゃんなエルフだ。
その特徴である乳白色の皮膚は、灰色になり、横に張り出す耳も力無く垂れている。背を丸めた姿は、エルフというよりは大きな鼠みたいだった。
それでも濁った目は、溌剌としている。
その瞳で、バナシェラ王国の王女リナリルさんを睨んだ。
「お帰りお待ちしておりました、リナリル姫」
「大臣か……。久しぶりだな。ところで、随分な歓待ぶりじゃないか。私を姫と認知したいならば、矢を下ろすのが礼儀ではないか?」
「失礼……。あなたはもう“姫”ではないのでしたな。ならば、矢を下ろす必要はありません。狼藉者を包囲するのは、理にかなった行いでしょう」
「エルフはいつから好戦的な種族になったのだ」
「我々は警戒心が高い種族です。たとえ、あなたが元王女であろうと、この程度は当たり前ですよ」
「わかった。……いきなり地下から現れ、警備兵たち驚かせたのは事実だからな。それで? 大臣は何しに来たのだ? よもや、私がいない間に、騎士団長になったというわけではあるまい」
「あなたをお迎えせよと……。新王に命令されまして」
「新王とは、お兄さまのことか」
「さようで。あなたとお話がしたいと、2人っきりで」
「なるほど。話が早い。私もお兄さまに会いたいと思っていたところだ」
リナリルさんが前に出る。
ぼくはその手を思わず掴んだ。
「待って下さい」
「エイスくん?」
ぼくの行動に驚き、リナリルさんは眉を顰める。
彼女を握ったまま、ぼくは尋ねた。
「ぼくたちも同行します。いいですよね、大臣さん」
「君は、リナリル様とどういう関係だ」
「え? ど、どどどどういうって……。それはその……」
えっと、なんていったらいいんだ?
恩人? 友人? それとも、ここここ恋人?
いやいや、落ち着け。
深呼吸。
スー、ハー、スー、ハー。
動揺するぼくを尻目に、マリルーが前に出た。
「私たちは冒険者よ。彼女の依頼を受けて、同行しているの。王女殿下を守るためにね」
「ならば、その必要はありますまい。リナリル様の命は国が預からせてもらいます」
「そういかないわ。リナリルは、その国に命を奪われそうになったのよ。信用できると思う?」
「その件については、我々としても調査中です。しかし、応じられないというならば、あなた方を国外退去するだ。下賤な人族や獣族を、我らエルフの国に入れるのは、ご免被りたいですからな」
「種族主義者の考えね。古いはよ、今時……」
マリルーは凄い剣幕で、大臣を睨んでいた。
向こうも負けじと眼光を光らせる。
一触即発だ。
けれど、今のままじゃぼくたちがエルフの国に入るのは難しそうだ。
かといって、リナリルさんが1人でお兄さんに会いに行くのは危険すぎる。
やろうと思えば、これぐらいの包囲すぐに突破できる。
ぼくなら魔法で一発だろう。
けど、威力が強すぎて、リナリルさんの国の兵士を殺してしまうかもしれない。
うーん。どうしよう。
音便にこの状況を脱出することは出来ないだろうか。
たとえば――。
あ。そうだ。
その手があった。
「マリルー、リナリルさん。ぼくと手を繋いでください」
「エイスくん?」
「何をしようっていうの、エイス?」
「とりあえず、ぼくを信じてください。エトヴィンとロザリムもこっちに――」
ぼくは仲間たちを集める。
言われるまま手を握った。
「何をしようというのだ、小僧。今から別れの挨拶でもするのか?」
横で大臣があざ笑う。
ぼくは無視して、魔法を唱えた。
【霊姿化】!
途端、ぼくたちの姿は消えた。
正確にいうなら、大臣や包囲する兵士たちの視界から消えてしまったのだ。
キョトンとしていたが、大臣はまた笑う。
「気配遮断の魔法か! ちょこざいな! すぐに暴いてやるわ!!」
【天照らす光】!
大臣を中心に光が広がっていく。
気配を走査する魔法だ。
しかし、反応がまるで返ってこない。
「己! 逃げたか!! 探せ! まだ近くにいるはずだ!!」
大臣は叫んだ。
◆◇◆◇◆
大臣の指摘は間違っていた。
ぼくたちはその場に変わらず立っていたのだ。
慌てふためく大臣を、目の前で見ていた。
「こ、これってどういうこと?」
マリルーも驚いていた。
「はうぅ……。き、きっと霊姿化する魔法ですぅ」
「霊姿って……。どういうことだ?」
魔法に疎いエトヴィンは首を傾げる。
ぼくは説明する。
「世界の位相をずらして、干渉力を0に近づける魔法です」
「…………??」
「つまり、私たち幽霊になったってことでしょ?」
「おい! 俺たち死んだってことか?」
「落ち着け、エトヴィン。死んだのではない。身体に対する影響力を極端に下げた魔法だと思えばいい」
リナリルさんが諭す。
でも、エトヴィンはますます首を傾げた。
「わかったようなわからないような」
「しかし、まさかこんな魔法まで使えるとはな。古代の魔法技術だろ」
「はうぅ……。さすがエイスですぅ」
「そっか。エイスって、幽霊が見えていたもんね。幽霊になることぐらい出来るかも」
「マリルー、それは暴論じゃないのか。まあ、エイスが“普通”じゃないのはいつものことだがな」
みな感心しきりだった。
エトヴィンに言葉を取られたけど、ぼくにとって“普通”のことだ。
この魔法を使って、ぼくたちは魔獣に近付く。
でも、村で相手していた魔獣はそれでも見破ってくるんだ。
干渉力が極端に下がっているとはいえ、「0」じゃない。
大臣には通じたようだけど、上位の魔獣にはこの手の戦法は通じないんだ。
「早速、城に向かいましょ」
「待て、エイスくん。少し大臣を脅してやろう」
リナリルさんがニヤリと笑う。
まるで子供が悪戯を思いついたみたいだ。
「いいわね、それ。エイス、私たちの声って聞くことはできるの?」
「大丈夫ですよ」
「よーし! いいこと思いついたわ」
マリルーもリナリルさんと同じように笑うのだった。
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