第26話 迷いの森を突っ切るなんて“普通”じゃない
「バナシェラ王国って初めて来たわ」
『鯨の髭』のマリルーは、周囲を見回した。
瞳に強烈な緑色が飛び込む。
深い樹海の中を、ぼくたち『鯨の髭』とリナリルさんが進んでいた。
そのリナリルさんが、深いため息を吐く。
「何もお前たちまでついてこなくても良かったんだぞ」
「何をいってるの。いつもお世話になっている人が困ってるのよ。助けるのが人の道理ってもんでしょ、お姫様」
「ああ……。しかし、なんで私は道ばたであんなことを喋ってしまったんだ」
リナリルさんは美しい金髪をガリガリと掻いた。
王都で魔導士に襲われたあの夜。
事情を聞いていたのは、ぼくだけじゃなかった。
魔導士が張った結界に気付いたマリルーが現地に向かうと、自分の秘密を喋るリナリルさんとぼくに遭遇したのだという。
すべてを知ったマリルーは、ぼくたちと同行。
さらにエトヴィンとロザリムにも話をし、今に至るというわけだ。
「マリルーに漏らしてしまったのが運の尽きだったな」
エトヴィンが合掌すれば……。
「はうぅ……。リナリルさんがエルフの国の王女様なんてすごいですぅ」
ロザリムがとんがり耳をピクピクと動かし、興奮していた。
「で? 王都はまだなの?」
「もうすぐだ」
「それ今日、3回聞いたわよ」
「冒険者がこの程度で弱音を吐くな。もうすぐとはもうすぐだ」
「すいません。ぼくの転送魔法が使えないばかりに……」
いつもなら【地図走査】→転送魔法のコンボで、一瞬にして目的地にたどり着くのだけど、今回はそれが使えなかった。
バナシェラ王国はエルフの国だ。
エルフには、魔族に匹敵するほどの高度な魔法文明が存在する。
国自体が結界に覆われていて、ぼくの転送魔法でも入れなかった。
おそらく最近のものではない。
先史時代に発明された――ぼくが知らない古代魔法文字が使われているのだと思う。
「エイスが落ち込むことはない。単にマリルーが最近、楽をしすぎてるだけだ」
「なによー! 私だけじゃないでしょ。楽をしてるのは!」
「それにしても、俺としては嬉しいぞ。エイスでも出来ないことがあるんだな」
「そうよね。なんかちょっとホッとする。エイスも人間だったんだなって」
「はうぅ……。いつも驚かされてばかりですぅ」
いや、ぼくは至って“普通”なんだけどな。
「出来ないからといって、自分を責める必要はない。自分に出来ないことを補填してもらうために仲間は存在する。そのためのパーティーだ」
最後にリナリルさんが締めた。
「たまにはいいこというじゃない、リナリル」
「私はいつも良いことをいっているつもりだぞ、マリルー」
リナリルさんの言うとおりだ。
みんながいたから、ぼくは今も冒険者をしている。
一緒に同じ屋根の下で住むことが出来ている。
それを忘れてはいけない。
信頼する仲間が側にいることを。
ぼくは今一度、気を引き締めた。
王都を目指す。
…………。
…………。
…………。
王都を目指す。
…………。
…………。
目指す……。
……。
めざ――。
「ちょっとぉぉぉおおおお! 全然着かないじゃないの!」
マリルーの絶叫が、森の王国『バナシェラ王国』に響き渡った。
「おかしいなあ……」
リナリルさんは、地図を確認する。
「あまりこう言いたくないのだが……」
エトヴィンが申し訳なさそうに、手を挙げた。
スッと指差す。
そこには、刃物で刻んだような跡があった。
「俺がさっきナイフで印を付けた場所だ。ちなみに、もうすでに2回同じところを通ってる」
「え、エトヴィン! そういうことは先に言いなさいよ」
「1回では信じられなかったんだよ」
「はうぅ……。2人とも喧嘩はダメですぅ!」
ロザリムが間に入る。
一触即発の前に介入し、なんとか鎮静化した。
「国にいた時は、なんとも頼もしい森だったが、自分が迷うとなるとここまで厄介とはな……」
バナシェラ王国は、深い樹海の中にある。
王都周辺の森は、『迷いの森』といわれていて、ダンジョン化していた。
確かに空気の中に、強い魔力を感じる。
吸い込むと人間の方向感覚を狂わせるものだ。
耐性が強いぼくでもくらくらする。
結界と同じく、先史時代から続いている永続魔法なのだろう。
「どうするの? このままじゃ日が暮れるわよ」
「ちょっと待て。今、地図を確認する」
「自分なら『迷いの森』の行き方がわかってるから、大丈夫っていったのは誰よ、お姫様!」
「仕方ないだろ! 小さい頃はお城の中に住んでいて、独り立ちしてからは、レジアス王国でギルドの受付嬢をしていたのだ。この森を通ったのは、2、3回しかない」
「2、3回! それでよく『大丈夫』って豪語できたわね」
「マリルー、抑えろ! カッカしすぎだ」
顔を赤くしたマリルーの頭に、エトヴィンは軽くチョップする。
「でもぉ~」とマリルーは口を尖らせた。
リナリルさんは、「はあ」と息を吐く。
「はうぅ……。ちょっと休憩しましょう」
「ロザリムの言うとおりだね。休憩しましょう、マリルー、リナリルさん」
「そうね……」
「そうだな」
2人はその場にしゃがみ込む。
背嚢から水筒を取りだし、口の中に含んだ。
「こうなったら、何か別の方策を考えないとね」
「道行くエルフに道を尋ねればいいんじゃないか? こうしていれば、1人ぐらいは前を通るだろう」
エトヴィンが意見を出す。
首を振ったのは、リナリルさんだ。
「おそらく、今の我々のルートは正規ルートから外れている。『迷いの森』を通るのは、行商人や兵士たちだ。彼らが道を間違えてるとは思わない」
「はうぅ……。それにエルフは元々警戒心の強い種族です。冒険者がいたとしても、向こうから近付いてくるとは思えません」
リナリルさんと同じくエルフのロザリムも、エトヴィンの案に反対した。
「あの……」
次に手を挙げたのは、ぼくだった。
「なんで真っ直ぐ王都に向かわないんですか? 突っ切ればいいじゃないですか?」
ぼくは“普通”の意見をいったつもりだった。
みんな、ポカンとした顔をする。
リナリルさんが咳を払い、理由を説明した。
「森の中は、さらに方向感覚が狂う。それに、樹海の中には多くの植物系魔獣がいるのだ。いくら、君が強いといっても油断すれば足下を掬われるぞ」
「ええ……。それはリナリルさんに説明を受けて知っています」
「だったら、なんでそんなことをいうのよ、エイス」
「いや……。ぼくが突っ切ればいいといったのは、森じゃなくて」
「じゃあ、空を飛んでいくってこと?」
マリルーは首を傾げる。
実は、それも試したのだけど無理だった。
この樹海の木は、大量の魔力を吸い上げるらしい。
おかげで上空の魔力がとても薄く、魔法が維持出来ないのだ。
「いえ。そうじゃなくて……」
ぼくは指を差した。
その方向を見て、皆が声を上げる。
「「「「地下!!?」」」」
そうだ。
街道、地上、空が無理なら、後は地下を行くしかない。
「エイスくん。確かに道理ではあるが、一体どうやって?」
「掘るしかないですね」
「魔法で一体何日かかるのよ」
マリルーは頭を抱えた。
「そんなにかからないですよ。そうですね。5分もあれば……」
「ご、5分!!」
すると、ぼくは魔法を唱えた。
◆◇◆◇◆
バナシェラ王国王都には、城門というものがない。
各街道に入国審査所があるが、物理的に区切ることは、これまでしてこなかった。
彼らにとって『迷いの森』が最強の城門だったのである。
最近、バナシェラ王国は、隣国のレジアス王国と揉めている。
そのためいつもより倍の兵士たちが、審査所に詰めていた。
異変に気付いたのは、審査所の前を警護していた兵士だ。
ピンと立ったエルフ特有の耳をピクピクと動かす。
最初はなんの音かわからなかった。
森の方を見るが、変わった様子はない。
次瞬、地面から来る震動に気付いて、思わず飛び上がった。
「地震か……」
いや、何か違う。
下から何か突き上げられるような……。
すると、それは起こった。
ぼこりと、地面が浮き上がったのだ。
危険を察知した兵士は「逃げろぉ!」と叫ぶ。
瞬間、大きな土煙が噴出した。
同時に巨大な何かが首をもたげる。
兵士の方を向くと、赤い瞳が煙の中で輝いた。
大きく口が裂け、にぃと笑ったような気がする。
そして――。
「うぉおおおおおおおおおおお!!」
吠声を上げた。
生物が発したとは思えない奇声。
兵士たちはたちまち震え上がる。
背中に担いでいた弓矢や剣を捨て、審査所を放置して逃げていってしまった。
「ありがとう、ツァラグ。戻って良いよ」
化け物に声をかけたのは、ぼくだった。
蝙蝠の羽みたいにザラザラした肌を撫でる。
ぼくが召喚した幻獣は、鋭い爪でポリポリと垂直に立った耳を掻いた。
耳の奥に詰まっていた土を掻き出すと、再びニヤリと笑って、消えてしまった。
「まさか……。幻獣にトンネルを掘らせるとはな」
次いで穴から出てきたのは、リナリルさんだった。
マリルー、ロゼリム、エトヴィンの順番で出てくる。
もぬけの殻となった審査所を見て3人は呆気に取られていた。
「相変わらず、君は“普通”じゃない……。だが、それが今の私にとっては頼もしいよ」
リナリルさんは、微笑んだ。
来週もよろしくお願いします!




