第25話 親族を手にかけるなんて“普通”じゃない(怒)
講義が終わった後も、ぼくは質問責めにあっていた。
おかげで、ルーンルッドのいまだ解明されていない謎、理論が、3つほど解明されてしまったらしい。
謎を解くと、学者さんや研究者さんは、一目散に講堂を飛び出し、自分たちの研究室に戻っていった。
気が付けば、夜だ。
今、ぼくの隣にはリナリルさんがいる。
どうやらずっと聴講していたらしい。
「さすがだな、エイスくん」
「ありがとうございます。……でも、すいません。リナリルさんの講義を休みにさせてしまって」
「構わない。全員が欠席したところで給与はきちんと振り込まれるからな。それに君の講義はとても有意義なものだった」
空を眺めた。
王都はすっぽりと星空に覆われている。
星々が瞬き、川となって南北に伸びていた。
ぼくがいた村と王都に1つ共通する“普通”があるなら、この夜空だろう。
村で見る星も、王都で見る星もさほど変わらない。
村を飛び出してきたぼくにとって、とても安心させるものだった。
もしかして、リナリルさんにもそういう感情があるのかもしれない。
美しい横顔を見ながら、ぼくはそう思っていた。
「なあ、エイスくん。私がある遺跡を調査するため、古代語の研究をしているという話は聞いたな」
「はい。マリルーから」
「もし、君が良ければ調査隊の一員に加わってくれないか?」
「え? いいんですか? ぼくなんかで?」
きょとんとするぼくに、リナリルさんは肩を竦めた。
「君以上の優秀な人材がいれば、その人間に頼んだかもしれない。だが、生憎と私は知らないんだ」
リナリルさんは微笑んだ。
ぼくがリナリルさんの調査隊に参加する。
リナリルさんのお役に立てる!
これほど、幸運なことはないじゃないか!
「受けます! 連れてってください、リナリルさん」
「即答だな。もう少し考えてもいいんだぞ。調査は2日や3日で終わるものじゃない。最長で1年はかかると考えている。その間、君には冒険者業を休んでもらうかもしれない。もちろん、給金は出すが――」
「元々ぼくは村では何も出来なくて、仕事を求めて王都にやってきました。そしてたまたま冒険者になれただけです。そんなぼくが、お世話になっているリナリルさんの手助けができる。これほど嬉しいことはありません」
「そ、そうか……」
リナリルさんは顔を赤らめた。
何か照れているようだ。
それが、また可愛い。
「君は本当に人がいいなあ」
「そうですか? “普通”だと思います」
リナリルさんがぼくの力を認めて、助力してほしいといっている。
答えなんて考えるまでもない。
ぼくはリナリルさんの期待に応えるだけだ。
「じゃあ、君にだけは伝えておこう。私が何故、遺跡を調査するのかを」
リナリルさんには、お兄さんがいるらしい。
彼女と同じく先史文明について興味があって、自分でも調べていた。
そしてある時、まだ誰も見つけていない新しい遺跡を発見したそうだ。
お兄さんは、1人で発掘調査に出かけた。
「しかし、兄は帰ってこなかった。それから何度か捜索隊を出したが、亡骸すら発見出来なかったのだ」
リナリルさんは、まだお兄さんが遺跡を彷徨っていると考えているらしい。
普通に考えれば、すでに死んでいてもおかしくない。
だが、一縷の望みはあるという。
「あの遺跡は特別だ。何か人間の時間感覚を狂わせる仕掛けがある。そして、まだ私たちが発見できていないフロアが、どこかに隠れているはずなんだ」
国は、お兄さんの救出を諦めたそうだ。
けれど、リナリルさんは諦めていない。
遺跡の謎を解き明かし、お兄さんを発見する。
それがリナリルさんの真の目的だった。
「じゃあ、今から行きませんか?」
「な! 今からか!?」
「もし、お兄さんが生きているなら、今すぐの方がいいと思います」
「しかし、あくまで憶測だ。本当に兄が生きてるとは……」
「生きてます!」
ぼくはじっとリナリルさんを睨んだ。
綺麗な紫色の瞳に映ったぼくの顔は、我ながら真剣そのものだった。
確信があった。
リナリルさんの推測通り、昔の遺跡の中には外世界の時間に干渉されない空間を形成しているものがある。
仮に外と中の時間にズレがあるなら、まだお兄さんが生きている可能性は高い。
「助けましょう、お兄さんを!」
「君は本当によくわからないな。自分に自信がないのかと思いきや、時々大胆な行動に出る」
そんなにおかしいかな。
命を助けたい。
身近な人の大切な人なら尚更だ。
それって“普通”じゃないのだろうか。
「見つけましたぞ」
夜の空気に溶け込むような声が聞こえた。
ぼくとリナリルさんの背後にいたのは、黒金糸のローブを纏った魔導士だ。
1人だけじゃない。
10人はいるだろう。
フードで隠してはいるが、リナリルさんと同じエルフだ。
魔導士たちの格好を見て、ぼくは思い出す。
いつか村に病原菌を振りまいた魔法使いのことを。
彼らからは同じ匂いがした。
先頭に立った男が、リナリルさんを見てニヤリと笑う。
「ご無沙汰しております、リナリル王女殿下」
「王女……殿下……!!」
今、確かにそう聞こえた。
それはつまり、リナリルさんが「お姫様」ってことか。
なるほど。だから、気品があったのか。
いやいや……そういうことじゃない。
本当にリナリルさんは、お姫様なのだろうか。
だったら、何故隣国の王都で、ギルドの受付嬢なんてやっているんだろう。
「バナシェラ王国の宮廷魔導士か」
「さようで。迎えに来ました、王女殿下」
「その呼び方はやめろ。私は王位継承権を捨てた。今はただのギルド受付嬢だよ」
「そうはいきません。何故なら、王族に連なるものを抹殺しろという命令が出ていますので……」
「なに!?」
リナリルさんも初めて聞く内容だったらしい。
けれど、すぐに表情が変わる。
顎に手を当て、1つ頷いた。
「そうか。あの時のソードライガー……。ワイバーンもお前たちの仕業か」
リナリルさんが言っているのは、ぼくが最初に受けたクエストのことをいっているのだろう。
不自然な魔獣の登場。
リナリルさんは、あれが自分を狙ったものだと考えているようだ。
そして、その憶測は当たっていた。
「そうです。……だが、ことごとく失敗してしまった」
「だから、実力行使に来たか。よく国境を通れたな」
村の病気についてバナシェラ王国の魔導士が関与していたことから、国はバナシェラ王国すべての魔導士の行き来を制限する措置を取っていた。
「いや、その前に国内に潜伏していたか」
「ご明察です、姫」
「その呼び方はやめろ。それで、一体どういうつもりだ? 王位継承権を破棄したものまで殺せなどと、誰が命じた?」
「あなたもよく知る人物ですよ」
「まさか――――ッ!」
「バナシェラ王国第一王位継承権者フォルデュナンテ・アーバリ・バナシェラ様であらせられます。つまり、あなたの兄君です」
「馬鹿な! 兄は遺跡で――」
「戻って来られたのですよ。そして、ようやく王位を継ぐ決心された」
「ちょっと待ってください!」
話に割って入ったのは、ぼくだった。
横目でリナリルさんを見つめる。
ショックで呆然とし、いつもの輝きがなくなっていた。
「どうして、お兄さんがリナリルさんの命を狙うんですか? リナリルさんは、お兄さんを助けようと一生懸命……」
「フォルデュナンテ様は、一時期行方不明になられていた。それが、王位継承権を危うくされた。ならばと、他の王位継承者を殺すことに決めたのです」
無茶苦茶だ……。
王位が欲しいからって、親族を殺すなんて。
「すでに第2位の兄上と、第5位の姉君は身罷られました。対外的には病死ということにしてありますが」
魔導士は「ぐふふふ……」とくぐもった笑みを浮かべる。
「ご心配なく……。あなたもすぐ送ってあげますよ。兄上と姉上の下へね」
魔導士たちは同時に呪文を唱えた。
一斉に、炎の槍を解き放つ。
真っ直ぐリナリルさんに向かって飛んできた。
爆音が静かだった王都に響き渡る。
煙が上がった。
「死んだな……」
魔導士は歯を見せた。
だが――。
「魔導士長!」
振り返り、国に帰還しようとした時、部下が悲鳴を上げた。
煙が晴れる。
そこに立っていたのは、リナリルさん。
そしてぼくだった。
「馬鹿な!! 何故生きている! Aランク魔導士の多重魔法だぞ。Sランクの魔物とて、容易く殺せるはず! “普通”死ぬぞ!」
驚いていた。
Aランクだか、多重魔法だか。ぼくは知らない。
けど、この程度の魔法、詠唱破棄しても防ぐことが出来る。
言ってみれば、ぼくにとって“普通”のことだった。
「“普通”じゃないのは、お前たちの方だ。命令だからといって、なんで容易く人を殺せる。……あなたたちは王様の家臣だろう。王様に仕える人間が、どうして親族に弓を引ける!」
絶対に“普通”じゃない!
「うるさい! 継承権を捨て、国を出ていった馬鹿な王女の命など、ゴミクズ同然だ。だが、この女には王族の血が流れている。それが邪魔なのだ! フォルデュナンテ様にはな!!」
魔導士たちは再び魔法を詠唱する。
その手の平をぼくに向け、解き放った。
今度は槍ではない。
もはや火砲だ。
紅蓮の炎がぼくの視界一杯に広がった。
ぼくもまた手を掲げる。
すると、炎が吸い込まれていった。
「そんな……。魔法を吸収しただと!!」
「申し訳ないのですが、周辺の被害を最小限にするための措置を取らしてもらいました」
「Aランク+の魔法だぞ。それを意図も容易く……」
「周辺に結界が張ってありますよね。音と気配遮断の――」
「あ、ああ……。何をする気だ……」
「良かった。あなた方の悲鳴が、聞こえなくてすむ」
「や、やめ――」
極大殲滅魔法【雷神】!!
青白い光が、魔導士たちを穿つ。
悲鳴は轟音にかき消された。
肉を焼く匂いが、結界内に立ちこめる。
地獄のような痛みを受け、魔導士たちは断末魔の悲鳴を上げ続けた。
ぼくはパチンと指を鳴らす。
魔法、そして周囲を覆った光が消えた。
魔導士たちがバタバタと倒れる。
まだ意識があった。
すぐに手当すれば問題ない。
けれど、全身麻痺のおかげで数日は動けないだろう。
彼らにはたっぷり聞くことがある。
その前に、ぼくは振り返った。
いまだショックから立ち直りきれていないリナリルさんを見つめる。
ぼくは思わず彼女の手を取っていた。
リナリルさんの肩がびくりと震える。
顔を上げると、ようやく紫の瞳と視線があった。
「行きましょう、リナリルさん」
「ど、どこへ?」
「お兄さんに会いに……」
「お兄さまに……」
「直接会って、真意を確かめましょう。ぼくも付いていきますから」
「君も……?」
「ぼくでは力不足ですか?」
リナリルさんは頭を振った。
少しだけ眼に生気が戻る。
「頼む、エイスくん。私と一緒に故郷バナシェラに来てくれ」
力強い言葉に、ぼくは頷くのだった。
来週からは、バナシェラ王国編です!




