第24話 生徒が一杯すぎて“普通”じゃない
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第24話無事工事完了いたしました(2018/10/29 18:01)
前回の講義をエイスに任せたリナリルは、2週間ぶりとなる教鞭を今から振るおうとしていた。
未解明の古代語のほとんどを翻訳してしまったエイス・フィガロ。
その正体はいまだもって不明なままだ。
が、その講義は再び無断欠勤しても、聴講してみたかった。
ヤーナム語の権威である教頭は半ば興奮した様子で、「謎は解けた!」と殺人事件の犯人を見つけた探偵みたいことをいって、雲隠れしてしまった。
どうやら“普通”ではないことが起こったらしい。
そんな凄い講義の後の通常授業。
給金をもらってる手前断るわけにもいかず、リナリルは講堂の扉を開いた。
「ん?」
誰もいない。
場所を間違ったかと何度も確認したが、どうやらそうではないらしい。
まだまだ子供の学生たちが、かくれんぼで遊んでいるのかとも思ったが、探しても見当たらなかった。
代わりに見つけたのは、教壇の上に積もった欠席届だった。
数えてみると、人数分ある。
全員欠席とは摩訶不思議だ。
「やはり“普通”ではないことが起こったか……」
リナリルはため息を吐く。
古代語の権威が魔術学校の教頭という地位を放り出すほど、凄まじい講義の後なのだ。もしかして、自分が教える内容に満足できなくなってしまったかもしれない。
仕方なく、リナリルは講堂を出て、廊下を歩いた。
思えば静かだ。
現在は授業時間。
当然といえば、当然なのだが、教鞭を振るう講師の声まで聞こえてこない。
どこもかしこも休校しているらしい。
だが、とある一角に来ると、急に騒がしくなった。
学校の中でも1番広い大講堂だ。
ほとんどの生徒が集結し、講堂の外にまで溢れかえっていた。
「なんだ、これは?!」
よく見ると、リナリルの講義を受けに来ていた生徒の姿はおろか、講師や著名な古代語の研究者の姿まである。
ただならぬ予感を感じた。
人混みをすり抜け、リナリルは講堂へと入っていく。
聞き慣れた声を聞き、首を伸ばした。
教壇の上に立っていた青年を見て、思わず「げぇ!」とはしたない声を上げる。
その声に、青年は反応した。
リナリルと目が合うと、ちょっと照れくさそうに手を振る。
「あ。こんにちは。リナリルさん」
気さくに挨拶したのは、エイス・フィガロだった。
リナリルは呆気に取られる。
どうやら、“普通”ではないことが起こるのはこれからようだ。
◆◇◆◇◆
なんだか変なことになってしまった。
ぼくが教鞭を振るった代講が、思わぬ反響を生んだらしい。
校内に留まれば良かったのだけど、王都の城壁どころか、国境を越えて他国の研究者の耳にまで届いたらしい。
おかげでリナリルさんの代講の後も、講義をすることになった。
しかも連日満員。
生徒はおろか、よぼよぼの研究者のおじいさんたちが、講堂の前に座り込んで徹夜をして席を確保するほどだった。
しかも、リナリルさんまで聴講しにきたらしい。
なんだか緊張してきた。
でも、やるぞ!
リナリルさんが見ているんだ。
「じゃあ、えっと……。今日は、ヤーナム語と同じ時代に生まれた、シャクマル語の講義を行いたいと思います」
ぼくは学校側から渡された教科書を開く。
教科書といっても、ある遺跡に書かれていた碑文をまとめたものだ。
ふと視線を上げ、講堂に座る生徒や研究者たちを見つめた。
「あ。すいません。今回は教科書の方向は関係ないですから」
教科書を逆さにした聴講者たちに注意する。
すると、研究者たちは頬を染めながら教科書を回転させた。
じゃあ、早速やろうか。
ぼくは道具袋に手を伸ばす。
取りだしたのは、鋏だった。
「みなさん、鋏を用意してきましたか?」
すると、みんな一斉に首を傾げた。
あれれ? なんで、みんな用意してきてないの?
シャクマル語を読むためには“普通”必要なんだけどなあ。
「すいません。ぼくが事前に言っておけば良かったですね。じゃあ、ない人は手でちぎってくれても構いません」
「お若い講師殿。鋏を一体何に使うんじゃ?」
白髪に白髭。
如何にも古代語の生き字引という感じのおじいさんが、ぼくに質問した。
「え? 教科書に使うんですよ」
「ほう! 教科書とな!!」
「馬鹿な!」
吐き捨てる声は別の方向から聞こえてきた。
額をテカテカと光らせたおじさんが、ぼくを睨む。
「教科書を切るとでもいうのかな……! 罰当たりな! この紙の本に一体どれだけのお金と労力がかかっていると思っているのだね」
その教科書をバンバンと叩く。
大事にしてないのは、そっちだよね……。
「そう言われても、教科書を切らないと、このシャクマル言語は読めないですよ」
「人をバカにするのも大概にしたまえ」
「まあまあ、ネギルくん。ここは若い講師殿に任せよう」
「ユマ名誉教授が、そうおっしゃるなら……。――で、教科書を切ってどうするのだ? 折り鶴でも折ろうというのか?」
「なんだ。わかってるじゃないですか?」
「はっ!?」
ぼくは教科書の1ページをザクザクと鋏で切り取る。
さらに折り紙のように折り始めた。
カサカサ……。カサカサ……。
紙を折る静かな音が、講堂に響き渡る。
生徒たちは、固唾を呑んで作業を見守った。
数人の生徒は、ぼくと手元を見ながら、教科書の1ページを折っている。
「出来た……」
教壇の上に、教科書のページで折った『箱』が現れる。
それを見て、机を叩いたのは、またしてもネギルという研究者だった。
「私はこんなお遊戯を見に来たのではない! はるばる2つも国境を越えてやってきたのだぞ! その結果がこれか!! 自室で仕事をしていた方がまだマシだ!」
ネギルさんは、椅子から立ち上がる。
つかつかと出ていこうとした瞬間、声が講堂に響き渡った。
「おおおおおおおおおおおお!!」
狼の遠吠えを思わせる声を上げたのは、ユマ名誉教授だ。
【地図走査】で確認したところ、シャクマル古代言語の権威の1人らしい。
そのユマ教授が、長い眉毛に埋もれていた瞳をカッと開く。
教授もまた『箱』を折っていた。
じっとそれを睨み、固まる。
古代語研究の権威の異変に驚き、ネギルさんは足を止めた。
「ユマ教授……。一体どうされたのですか?」
「ネギル君。我々は飛んだ勘違いをしていたらしい」
「勘違い?」
すると、ユマ教授はそっと『箱』を持ち上げた。
教科書のページで折った『箱』の中身を見せる。
当然、そこには教科書に書かれた文字が書かれていた。
折られることによって、文字の一部が重なったり、切れたりしている。
ネギルさんも、シャクマル言語の研究家のようだ。
けれど、ユマ教授の言いたいことがわからなかったらしい。
「私には教科書のページで折った醜い折り紙にしか見えませんが……」
「愚かな者が!!」
ユマ教授は喝破する。
講堂での公開説教に、周囲は驚いていた。
「これは立体言語じゃ……。エイス殿は、それを理解していて、わかりやすいように、教科書を折って説明してくれているのが何故わからん!?」
「え? えええええ??」
再び講堂はどよめく。
「立体言語って……」
「最近、発見された言語だ」
「おいおい。最新の研究だぞ」
「確かまだ学会にも発表されていない……」
「なんで、あの青年は知っているんだ?」
口々にいう。
ユマ教授のいっていることは、間違っていない。
シャクマル語は、平面では読みとれない言語なんだ。
適切な方法や、折り方をしないと読めない。
今回は簡単な部分だけを抜粋して、ぼくは見せた。
中にはもっと複雑な手順がある。
それにしても、王都では最新の研究なのか……。
言語を立体化するってすごく便利なのになあ。
村では、赤ん坊の頃から使っているし。
立体言語を脳内でイメージ化するだけで、長い呪文を大幅に短縮できるのに。
ぼくはそう助言を与える。
また、ユマ教授は目を剥いた。
「そ、そうか! そうすれば、呪文形式の大幅な増加が見込める。今より、複雑で規模の大きな魔法が使えるではないか!!」
ユマ教授は震え上がる。
一方、ネギルさんは苦虫を噛み潰したような顔をした。
「げ、現状の方式を変えるというのですか? それは今の魔法産業の後退――」
「馬鹿者!」
再びユマ教授に起こられるネギルさん。
真っ赤になる教授を見て、顔を青ざめさせた。
「自分の理論と利権にばかり凝り固まりおって! だから、いつまでもお前はわしの腰巾着とかいわれるんだ! もっと大局に目を向けよ!」
またしても公開説教を食らう。
さすがに可哀想になってきた。
「じゃあ、シャクマル言語を使った応用魔法の例を見せましょう」
出ておいで。クトゥン……。
たった一行の呪文を唱える。
すると、突然空が暗くなる。
暗雲がたれ込めると、巨大な蛸の足のようなものが現れた。
金色の瞳が光り、学校の方を向く。
「おお!! 神獣召喚をたった1行で成功させおった!!」
ユマ教授は涙を流し、歓喜していた。
教室内はどよめく。
それどころか近隣一帯は大騒ぎになっていた。
ネギルさんも、口を大きく開けて驚いている。
がっくりと項垂れる。
すると、クトゥンが足を伸ばした。
学校の窓を越えて、講堂の中に入ってくる。
腰を抜かしたネギルさんの鼻をちょんちょんと叩いた。
はは……。お茶目さんだな、クトゥンは。
けれど、ネギルさんはクトゥンの挨拶が気に入らなかったらしい。
鋭い悲鳴を上げて、震え上がった。
「わ、私の負けだ。す……すまなかった!! 命だけは勘弁してくれ!」
何故か、土下座された。
あれれ? ぼくは単に応用例を見せただけなんだけどな。
なんで、この人謝ってるんだろう。
これも王都の“普通”なのだろうか?
ぼくはついぞ理解できなかった。
最近、どっちが「普通」なのかわからなくなってきた……。




