第17話 命を奪うなんて“普通”じゃない
ぼくたちは少女が天に昇っていったのを見送った後、王都に帰ることにした。
村の人は依頼料を払おうとしたけど、すべて断る。
このクエストには元々依頼料はなかった。
それでも、ぼくたちは受けた。
もし、依頼料というものがあるなら、少女の願い――それが叶うのを見送れたことだろう。
「ま――。いいんじゃないの。旅費も大してかかってないし。私たちは何もしてないしね」
「だが、次はちゃんとした依頼料のあるクエストを受けるぞ。さすがに2度タダ働きはごめんだ」
「そうよね。ご飯が食べられなくなっちゃう」
「はうぅ……。お腹が空きました」
「じゃあ、早速帰りましょう」
ぼくは【地図走査】を展開する。
王都へ帰ろうとしたその時、たった今出てきた村で悲鳴が上がった。
振り返ると、煙がたなびいている。
「なんだ!?」
「行ってみましょ!!」
「はうぅ……」
マリルーは走り出す。
その後にエトヴィン、ぼく、ロザリムと続いた。
村に戻ると火の手が上がっていた。
中央にあった物見櫓が崩れ、ぺちゃんこになっている。
まだ残っていた医療団の人や、病気から復帰した村の人たちが、慌てふためいていた。
「くはははははははッ!! 死ねぇ!! 燃えろぉ!!」
騒ぎの中心にいたのは、黒糸のローブを纏った魔導士だ。
手の平から炎を吐き出す。
極大の炎は村を一瞬にして火の海に変えた。
「はうぅ……。ひどい」
「やりたい放題じゃない」
「しかし、あの男……」
村のど真ん中で狂喜乱舞する男。
惜しげもなく高位の炎属性魔法を繰り出す。
その実力は『鯨の髭』の面々を明らかに凌駕していた。
「おやぁ……」
ゆらりと男は動いた。
狂気に彩られた瞳は、村の入口で立ちすくんでいたぼくたちに向けられる。
蛇のような眼光だった。
マリルーたちは、一瞬で射竦められる。
「これこれは……。可愛い冒険者ですねぇ。ちょうどいい。1つ質問をしていいですか? 私がばらまいた細菌兵器を無力化した不届きな人間がいたようなのですよ」
「まさか! あんたがあの病原菌を撒いたの?」
すると、魔導士の顔色が変わる。
逆三角に口を開き、にまりと鮮烈な笑みを浮かべた。
「おやおや。……どうやら何か知っているようですね。もしかして、あなたたちが私が作った病原菌から、ここの村人たちを救ったのですか!?」
「そうよ。……許せない! あなたのせいで、あの娘は――」
「いつの世も技術の進歩には犠牲が付きものです。それでどうしますか? 私を倒す? 駆逐する? ……私、結構強いですよ」
魔導士は余裕を見せる。
対して、マリルーの額に汗が滲んでいた。
自分たちが強くなった自覚はあるのだが、この魔導士はかなり強い。
けれど――とマリルーは振り返った。
ぼくと目が合う。
「エイス、戦うわよ」
「うん。……でも、その前に、魔導士の人に訊いていいですか?」
「なんだ、小僧?」
「どうして、そんな非効率なことをしてるんですか?」
「は?」
何を言っているんだって顔をされた。
いや、そんな顔されても、ぼくの方もわからない。
技術の進歩?
犠牲?
そんなことをしなければ得られない技術ってなんだろうか?
命を断ち、その人の可能性を断つことの方が、よっぽど非効率だと思うんだけど。
“普通”じゃない、そんなことは……。
「そもそもなんで病原菌を兵器にしたんですか? あんなの簡単に治せるのに」
「恐怖だよ、小僧。訳も分からないままバタバタと倒れていく。その様にこそ兵器としての美学がある。有用性があるのだ。お前だって、怖かったんだろ? バタバタと人が死んでいく様を見て……」
「ふぅ……」
ぼくは息を吐いた。
やれやれ……。
本当に非効率な人だな。
恐怖? 怖かった?
だから、なんだというのだろうか?
ぼくが沸いてきたのは、怒りしかない。
人を殺したいというなら、もっと真っ当なやり方があるはずだ。
「真っ当なやり方だと?」
「はい。あまりやりたくないし、絶対にやらないと思いますが、ぼくなら王都を一瞬にして破壊することが出来ます」
「「「「「――――ッ!!」」」」
一同は絶句する。
あれ? そんなに驚くことかな?
だって、王都の建築物ってもの凄く脆いんだもん。
城壁は石だし、街の建物の外壁のほとんどが、土だ。
エンチャントされてるならまだしも、そんな建物は1軒たりとも存在しない。
あの綺麗な王宮だって、ただの石の塊で出来ていた。
ぼくからすれば、積み木を崩すのに等しい。
「え、エイス……。事実だとしても、あまり言わない方がいいわよ」
「というか、それが“普通”だと思うのだが――」
「はうぅ……(ガクガクブルブル)」
それが“普通”なのか。
やはり、王都の“普通”はわからないなあ。
ちなみに当然、村の建物はミスリル以上で出来ている。
そうでもしないと、ドラゴンのブレスに吹き飛ばされてしまうからね。
もちろん、エンチャントもかかっている。
「ふ、ふはははは! 面白いジョークをいうヤツだな」
「いえ……。至って“普通”です。なんなら、あなたの住む場所を灰燼に帰すことも出来ますけど、どうしましょうか?」
ぼくは手を掲げる。
魔力を集中させた。
炎が吹き出す。
まるで竜のように天高く昇った。
その炎の柱は森に囲まれた薄暗い村の中を、煌々と赤く彩った。
「お、おいおい……。その魔力……。い、いい一体何者なんだよ、お前」
「別に何者でもありません。“普通”の村人です。今は、冒険者ですけど」
「“普通”の村人だと……」
すると、横から声が聞こえた。
子供の泣き叫ぶ声だ。
村で生き残っていた子供だろう。
「お母さん!」と叫びながら、ボロボロと涙を流していた。
魔導士の口が歪む。
すかさず手を掲げる。
「へっ――」
魔導士は躊躇うことなく炎を放った。
ぼくは動く。
だが、それよりも速く反応した人がいた。
子供と炎の間に割り込む。
極大の火の渦が弾けた。
何か壁のようなものに当たって、横へと逸れる。
「なにぃ!!」
魔導士は驚いた。
自分の高位魔法を弾かれたのだ。
1歩も動けず、ただ煙と蒸気が立ち上る向こうを見つめていた。
煙の中から現れたのは、盾だった。
古代言語と模様が描かれた盾。
ぼくが初めて冒険者としてダンジョンに潜った時に見つけたものだ。
その持ち主は、顔を上げた。
明るいオレンジ色の瞳をギラリと光らせる。
側には、子供が呆然と盾を構える冒険者の姿を見つめていた。
「大丈夫か、坊主」
「うん」
「よし。そこを動くなよ、俺が守ってやるからな」
ニヤリと笑う。
エトヴィンだ。
再び盾を構え直す。
ぼくの方に視線だけ向け、叫んだ。
「村の守りは任せろ、エイス」
「そうよ。これ以上、村を壊させやしないわ」
そういって、マリルーは呪文を唱える。
【天降雨線】!
天候を操る魔法だ。
黒雲を呼び込むと、たちまち雨滴が村を貫いた。
土砂降りの雨が、村で燻る火をたちまち消滅させていく。
「はうぅ……。負傷者の治療は任せてください」
【神覧医吹】!
ロザリムも呪文を唱えた。
周囲の人間の傷を回復させる。
範囲こそ狭いが、回復速度は通常よりも2倍速い。
高位の回復魔法だった。
エトヴィンやマリルーの活躍で隠れているが、ロザリムもきちんと成長していた。
仲間たちの活躍によって、村から再び絶望が払拭される。
1つの病原菌のように残ったのは、目の前の魔導士だけだった。
「形勢逆転ね、魔導士。うちのエイスを怒らせると怖いわよ」
「お、お前たち……。一体……」
「お前こそ何者だ? この国の魔法使いではないだろう」
「正体を見せなさい!!」
マリルーは呪文を唱える。
1本の氷の刃を飛ばした。
視界外から攻撃に、魔導士の対応が遅れる。
なんとかかわしたが、フードの一部が切り裂かれた。
現れたのは、特徴的なとんがり耳だった。
「エルフ!」
「チッ!!」
「あなた、まさかバナシェラ王国の魔導士!?」
「くそ!!」
魔導士は炎を放つ。
ぼくに向かってだ。
だが、それは無意味だった。
「そんな魔法……。ぼくには効きませんよ」
「馬鹿な!! Aランクに該当する炎属性魔法だぞ!」
「魔法というのは、こういうものです!!」
ぼくは炎を放った。
魔導士の魔法をあっさりと飲み込む。
竜のように暴れ回りながら、男に襲いかかった。
「ぎゃあああああああああああ!!」
断末魔の悲鳴が、村に突き刺さった。
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