第16話 その“奇跡”は“普通”じゃない
“普通”じゃない災害が続いておりますが、
被災地の一刻も早い復興をお祈り申し上げます。
ぼくは次々と村の人の時間を巻き戻した。
時空魔法はかなり魔力を必要とするけど、村には50人程度ぐらいしか患者がいない。
これぐらいなら、生まれた頃に遡って、肉体を戻すことも可能だ。
村に入った国の医療団の人も驚いていた。
原因不明とされてきた病が、一瞬にして治ったのだ。
皆、呆然としていた。
「一体どうやって治したんですか?」
「時間を巻き戻したんですよ」
説明しても、「え? お前、なにいってんの?」っていう顔をされた。
村では“普通”なんだけどな。
むしろ、肉体にある病原菌を突き止めて、身体の中で殺すことの方が、よっぽど非効率だと思うんだけど。
やっぱり王都の“普通”はわからないや。
「ところで聞きたいんですけど。この村の人たちを襲った病原菌って、人工的に作られたものみたいなんです。何か心当たりはありませんか?」
「人工的に……!? そ、そんなこと何故わかるんだね、君は」
いや、むしろなんでわからないかがぼくにはわからないんだけど。
この人たち医者だよね、普通の。
ぼくは一応事情を説明する。
すると、お医者さんの1人が頷いた。
「もしやと思っていたが、やはり細菌兵器か……」
「細菌兵器って……」
「はうぅ……」
「誰だ! そんな下劣なことをするヤツは!!」
仲間たちがそれぞれ反応する中で、エトヴィンは床を叩く。
お医者さんは「おそらくだが……」と前置きした上で、こう話した。
「隣国バナシェラ王国です」
「バナシェラ王国……?」
【地形走査を展開する。
レジアス王国の北。つまり、ぼくがこの前手紙を届けにいったノクシュ伯爵領よりもさらに北にある国だ。
主にエルフが住まう国で、魔法文化が発達している。
その技術は門外不出で、秘密とされてきた。
レジアス王国とは、同盟関係を結んでいて、仲がいいはずだ。
「最近ではそうでもないようです。バナシェラはその北にあるルードガス魔帝国と接近しつつあるようですから」
ぼくは地図をフリックする。
バナシェラ王国のさらに北。
かなり広い領土を要した国がある。
ルードガス魔帝国。ここは魔族たちが支配する土地だ。
昔、人間と魔族は争っていた。
だが、互いに疲弊し、不可侵条約を結ぶことによって、一定の平穏は保たれていたようだ。
「ずっとバナシェラとルードガスって、同盟も条約も結ばずに一定の距離を保ってきたんでしょ? なんで今になって……」
「それは私たちにも……。ただ魔帝国の兵器技術が、バナシェラ王国に密かにもたらされたという噂が後を絶ちません」
「この細菌兵器は、魔帝国の技術だということか?」
エトヴィンは顎をさすり、黙考した。
バナシェラはエルフの国だ。
基本的にエルフという種族は戦いを好まない。
そのため魔法文化が発達しているといっても、その方向性は文化的な方に向いている。
あまり兵器などを作ったことがないのだ。
だが、魔帝国は逆だ。
魔族はとても攻撃的な種族。
兵器作りにも長けている。
この病原菌が、魔帝国から横流しされた技術であるなら、合点はいく。
「はいはい……。とりあえず、そういうのは国の方に任せましょ。その件、王宮の方には伝えてもらえるんでしょ」
「ええ……。早速、王の耳に入れようと思います」
「ということだから、私たちはとっとと冒険に戻りましょう」
マリルーはパンパンと手を叩きながら、解散を促す。
すると、ぼくたちの前に夫婦が現れた。
依頼書を送った女の子の両親だ。
「「ありがとうございます!」」
2人は頭を下げた。
ぼくの手をギュッと握ると、ぽたりと涙を流す。
「お礼なら、娘さんにいってください」
「娘?」
呟くと、夫婦は顔を見合わせる。
夫婦の娘さんから依頼書をもらったのだと説明すると、ますます怪訝な顔を浮かべた。
「あの……。大変いいにくいことなのですが、何かの手違いではないでしょうか?」
「え?」
「娘は、すでに7日前に亡くなったんです」
「「「え? ええええええええええ!!!??」」」
マリルーたち3人が素っ頓狂な声を上げる。
静かな村によく鳴り響いた。
夫婦の娘さんが、最初の感染者だった。
元々身体が弱かったらしい。
あっという間に衰弱し、亡くなってしまったそうだ。
その後を追うようにして、ご両親も感染したという。
「じゃ、じゃあ……。私たちが見た依頼書は?」
マリルーは自分の道具袋を漁る。
だけど、どこにも依頼書が見当たらなかった。
「じゃあ……。私たちもしかして……」
「は、はうぅ……」
「幽霊に依頼されたのか」
3人は呆然と立ちすくんだ。
村は娘さんの依頼によって助けられた。
その話を聞き、ご両親は泣き崩れた。
ありがとう、と何度も感謝の言葉をいう。
お母さんは呟く。
「出来れば、一目見たかった……」
「可能ですよ」
ぼくは即答した。
「おい。エイス、適当なことをいうなよ」
「そうよ。いくら君が凄い冒険者だからって、人を生き返らせるなんて…………できないわよね」
「はうぅ……。そ、それは出来たとしても死者の冒涜ですぅ」
さすがに、ぼくも人を生き返らせるなんて出来ない。
村の村長なら出来るかもしれないけど、出来たとしてもやらないだろう。
ロザリムの言うとおり、それは死者への冒涜だ。
だけど……。
おかしいな、みんなには見えてないのかな。
さっきから夫婦の横にいるんだけど。
「ちょ、ちょっと……。エイス、怖いこといわないでよ」
「む、娘がいるんですか?」
「お願いです。一目でいいんです。会わせてください」
あれれ? なんでだろ?
幽霊が見えるなんて、村では“普通”なのに……。
ぼくはご両親の瞳をエンチャントで強化した。
瞼を開く。
すると、何度も縫い直した跡があるワンピースを着た女の子が、視界に現れる。
くるっと小首を傾げ、人懐っこい笑顔を浮かべた。
両親と目が合う。
笑っていた少女は耐えきれなくなり、じわりと涙を浮かべた。
「お父さん! お母さん!!」
両親の胸に飛び込んだ。
彼女は幽霊だ。
もう死んでしまっている。
触ることは出来ない。
けれど、両親も娘さんもまるでその感触を確かめるように抱きしめた。
あれれ? 不思議だ。
本当に触っているように見える。
ぼくの魔法では見ることができても、触ることは出来ないのに。
でも、確かに親子は互いを抱きしめていた。
さらり……。
突如、娘さんは光り始める。
身体の一部が砂のように崩れた。
天に向かって、消えていく。
「お迎えが来たみたい……」
両親から離れると、にっこりと微笑んだ。
「ありがとう。お父さん、お母さん」
さよならとも、バイバイともいわなかった。
ただ両親に感謝の言葉だけを残して、少女は天に昇っていった。
今、ぼくが見たのは“普通”のことじゃない。
きっとこれは“奇跡”というものだ。
たまにはホロリとする話も書いてみたい、ということで……。