第15話 薬で治すなんて“普通”じゃない
「マリルー……」
いきなり手が後ろから伸びてきた。
マリルーの頭を掴む。
ぎぎぎぃと建て付けの悪い扉みたいな音が立てて、無理矢理首を捻った。
リナリルさんがすっごい顔して怒っていた。
え? どんな顔だって。
いや、その……。名状しがたいというか。
今すぐ記憶から削除したいというか。
ともかく怖い顔だ。
「魔法は使うな、といったよな」
「ご、ごごごごごめんさない。リナリル。つい――」
「ついじゃないぞ。私の仕事を増やす気か……」
「後片付け手伝うから許してよ」
「まったく……」
リナリルさんは息を吐く。
ようやく顔が元の物憂げな表情に戻る。
あー、怖かった。
危なく『鯨の髭』の船出から、メンバーが1人いなくなるところだった。
「で――。エイスくんがリーダーということでいいんだな?」
「ええ……。それで構わないわ」
「わかった。こちらで登録しておこう。では早速だが、そのエイスくんに個人依頼が来ている」
「またですか?」
「ノクシェ領を守ったことによって、君の評価は鰻登りだ。いくらでもあるぞ」
すると、リナリルさんは箱を持ってくる。
中にはたくさんの依頼書が入っていた。
すべてぼくへの依頼らしい。
「すっごーい! どれもCランク以上の難度と依頼料よ」
「これは王族からか。依頼料が破格だな」
「はうぅ……。すごいですぅ」
「おいおい。これはエイスくん、個人への依頼だからな。勘違いするなよ」
リナリルさんは再び目くじらを立てる。
一方、ぼくは迷っていた。
どれから手を付ければいいかわからない。
「依頼料高いヤツから片っ端に当たりましょう」
「いや、難度の高いクエストにして、名声を高めるべきだ」
「は、はうぅ……」
マリルーとエトヴィンの意見が真っ向から対立する。
その2人に挟まれ、ロザリムはおろおろと慌てた。
2人が喧嘩する横で、箱の中にあった1通の手紙に目が止まった。
それはとても汚い文字で書かれていた。
まるで子供が書いたように筆致が荒い。
封を切り、1枚の便せんを開く。
やはり子供が書いたんだろう。
文章がとても拙い。
手紙は、ある村に住む女の子からだった。
突然、両親が病に倒れ、それをきっかけに村人がバタバタと倒れたらしい。
以来、原因不明の高熱にうなされているという。
「ああ。ミギナ村のことだな」
リナリルさんが手紙をのぞき込む。
ミギナ村は王都から西にいったところにある小さな村だ。
最近、謎の奇病に発症した人が続発したらしい。
国の医療団が入り、その正体を突き止めようとしたが、原因は不明。
いまだに病名の特定にすら至っていないそうだ。
「これ……。でも、依頼料とか書いてないわよ」
「それに国の医療団でも暴けない病気なんて、俺たちには……」
「はうぅ……」
Cランクを倒せる力をつけても、原因不明の病気に勝てるわけじゃない。
けれど、ぼくは――。
「エイスくん、『鯨の髭』のリーダーとしての初依頼は、それでいいのか?」
リナリルさんがぼくの心をくみ取ってくれた。
疑問形だったけど、その言葉はぼくに「行け!」といっているように聞こえた。
「はい。この依頼を受けます。……いいかな?」
ぼくは『鯨の髭』のみんなに尋ねる。
マリルーはにやりと笑った。
「リーダーが受けるっていうなら、いいんじゃない?」
「ま――。新生『鯨の髭』の初依頼としては悪くない」
「はうぅ……。頑張りましょう、リーダー」
「よし。早速行こうか」
ぼくは【地形走査】を展開する。
マップを開くと、ミギナ村を選んだ。
すると、突如ギルドの床が光り始める。
「ちょ……! え? なに?」
マリルーが慌てる。
他の2人も戸惑っていた。
「転送魔法だよ。飛ぶよ」
「飛ぶって――――」
ぼくたちの姿は、ギルドから消えた。
◆◇◆◇◆
ミギナ村は森に囲まれ、ひっそりと存在していた。
「なんか転送魔法って凄いけど、味気ないわね」
「贅沢いうな。乗り合い馬車や馬を借りるよりは、うんと安くすむ」
「エトヴィンって時々、守銭奴になるわよね」
早くもマリルーとエトヴィンは舌戦を始める。
2人の掛け合いを無視し、ぼくは村の中に入っていった。
思っていたより小さな村だ。
家の数も10戸あるかないかぐらい。
そこでお医者さんや看護師さんが、忙しそうに走り回っていた。
「あんたたちを何者だ?」
口を布で覆った看護師が近づいてくる。
「クエストの依頼があって来ました」
「クエスト? 一体誰が冒険者なんて雇ったんだ――たく。邪魔だけはしないでくれよ」
忠告すると、看護師さんはどこかに行ってしまった。
本当に忙しいようだ。
「私たちも病にかかったりしないかしら」
「大丈夫。ちょっと待って」
ぼくは魔法を唱える。
すると、手の平からシャボン玉が広がった。
それが周りにいたマリルーたちにくっつくと、肌に染みこんでいった。
「これで大概の菌を殺せるはずだよ。どんな病原菌かわからないけど、ヴェドラーの毒素でも防げるはずだから」
「ヴェドラーって! あの大気系最強の魔獣の?」
「え? この辺りでは最強なの?」
「当たり前だ。Sランクの伝説の魔獣だぞ」
そ、そうなんだ……。
村では割とお手軽に倒せる魔獣だったんだけどな。
毒素を抜いて食べると、綿飴みたいでおいしいし。
「とりあえず、女の子の両親に会いましょう」
「ああ。それならわかるよ、マリルー。こっちだ」
ぼくは指差す。
「エイスは何でも知ってるのね……」
なんでも知ってないけど、たぶん“普通”だと思う。
◆◇◆◇◆
家の前に来る。
ノックをしても、返事はなかった。
そっと戸を開ける。
夫婦が寝ていた。
はあはあ、と荒い息を吐き、額には大粒の汗を流している。
顔も真っ赤だ。
ぼくは試しに手を置いた。
熱い。人間の体温じゃない。
このままではいずれ本当に死んじゃうかもしれない。
「とりあえず冷やさないとダメね」
マリルーは魔法で氷を精製する。
だが、焼け石に水だ。額に置くとものの数分で溶けてしまった。
ロザリムは試しに回復魔法を唱えてみる。
多少症状は和らぐものの効果はなかった。
「はうぅ……。折角、エイスに強くしてもらったのに」
「落ち込まないで、ロザリム。出来ることからやっていきましょう」
とりあえず、採血をして調べることにした。
指先を切らせてもらい、鑑定魔法で調査する。
名前 : 病原菌に感染された血液
レベル : ???
用途 : この血液を服用、または直接注入すると、菌を感染させることができる。血液感染のみ。
備考 : 自然物ではない。人工的に作られた病原菌。
「厄介ね」
マリルーは呟いた。
ロザリムも半ば泣きそうになりながら「はうぅ……」を身体を震わせる。
唯一事態が飲み込めないエトヴィンだけが、首を傾げた。
「つまりどういうことだ?」
「この菌は誰かが作ったってこと。自然界のものじゃないから、対処の方法がないのよ」
「治らないのか?」
「そういうことになるわ。作ったヤツがワクチンをもっていれば別だけどね」
「エイス……。お前でも治せないのか?」
「はい。残念ながら、ぼくでも治せません」
エトヴィンはがっくりと肩を落とした。
「すまない。お前なら、なんとかしてくれるものとばかり俺は思っていた」
「ごめんなさい、エトヴィン」
「いや、謝ることじゃない。むしろ、ちょっとホッとした。俺はもしかしてお前は神か何かだと思っていた。けれど、お前でも出来ないことはあるんだな」
「すいません」
“普通”、ぼくの村では病気を治すってことはしないので……。
「そうか……。――って、ちょっと待て。今、何を言った?」
「なんか凄い奇妙なことをいわれたんだけど」
「はうぅ……。病気を治すことはしないってどういうことですか?」
皆の頭に一斉に「???」とマークが灯る。
仲良く腕を組み、首を傾げた。
あれれ? またぼく、何か変なこといったかな。
村では“普通”のことなんだけど。
いや、たぶんこれは王都では“普通”のことではないのだろう。
逆にすごいなあ。
王都では病原菌を特定して、根治する薬を作るのか。
ある意味、その努力と根気は凄い。
王都の“普通”は難しいなあ……。
「じゃ、じゃあ、聞くけど……。どうやって治すの?」
マリルーは恐る恐る尋ねた。
「簡単だよ。元の元気な状態に戻せばいいんだよ」
「それが難しいから、みんな困ってるんだろ!」
何故か、エトヴィンに怒られた。
ぼく、そんなに難しいことをいってるだろうか。
まあ、いいや。
口でいうより、実行した方が早いだろう。
「ねぇ。エトヴィン。この病気が発症した大体の日付ってわかる?」
「うん? 俺が知ったのは、5日前ぐらいの新聞だ。だが、発見から記事に載るまではタイムラグがあるはずだから」
「わかった。じゃあ、1ヶ月ぐらいで考えればいいね」
「は?」
ぼくはそっと旦那さんのお腹付近に手を置いた。
魔力を集中させる。
その力をさらに旦那さんの身体に注ぎ込んだ。
淡く緑色に光り始める。
ぼくはそこで呪文を唱えた。
【時空逆理】!
最初、何も起こらなかった。
だが、徐々に旦那さんの表情が変わっていく。
顔色も息も、正常に戻っていった。
やがて硬く閉じられた瞼が持ち上がる。
「こ、ここは? あなたたちは、一体?」
「な、治った!?」
マリルーが素っ頓狂な声を上げた。
すると、横でぷるぷるとロザリムが顔を振る。
「は、はうぅ……。ち、違いますぅ。きっと時空魔法です」
「時空魔法って? それって大昔に使い手がいなくなって、廃れたんじゃないの」
「ロザリムの言うとおりだよ、ぼくが使ったのは時空魔法だ」
「はうぅ……。エイスはきっと魔法で病気を治したんじゃなくて、魔法で病気になる前の状態に戻したのですぅ!」
「「病気になる前にもどしたぁぁぁあああ!!?」」
マリルーとエトヴィンは仲良く叫んだ。
「その通りだよ、ロザリム。よくわかったね」
ぼくはそっとふわふわの金髪を撫でる。
ロザリムは耳まで真っ赤にした。
「つまり、身体に流れる時間を戻したってこと?」
「前言撤回する。お前はやはり万能だ……」
みんなは驚きを通り越して呆れていた。
あれれ? なんでだろう?
村では“普通”のことなんだけどな。
まったり更新していきます。




