第14話 女の子に手を挙げるのは王都では“普通”ですか?
ぼくは初クエストを終えた。
これでEランクになれるかもしれない。
そうすれば、晴れて『鯨の髭』の仲間入りだ。
マリルーたちとパーティーを組んで、一緒に戦うことができる。
ノクシェ伯爵領から帰ってから、3日後。
ぼくはリナリルさんに呼び出された。
カウンター向こうに座った彼女は、相変わらず美しい。
物憂げな顔で、ハープでも弾くように金髪を耳の裏に掻き上げた。
「おめでとう、エイスくん。Bランクだ」
「やったぁぁぁぁああ!! ――え? え? ちょっと待って下さい。今なんていいました?」
ぼくは諸手を挙げて喜んだが、ふと違和感に気づいて聞き直した。
「Bランク冒険者になれたんだよ、君は」
「ビィ? え? ちょっと待って下さい」
Bランクってどういうこと?
えっと、はじめはFだったから、E、D、C、B……ってことは!
よ、4階級も上がったの!
「え? そ、そんなことあるんですか?」
「むろん、極めて異例だ。過去の資料を紐解いても、FからBに上がった冒険者は君だけだろう」
「い、いいんでしょうか?」
「君はそれだけのことをしたんだ。7000人のノクシェ領民を魔獣の大群から助けた。本来なら、王宮で表彰を受けてもいいはずだ」
「そ、それは――」
「ああ。君なら断るだろうと思って、それは丁重にお断りしたよ。だが、ノクシェ伯爵はたいそう君を評価しておられたようだ。彼ならAランクに上げても大丈夫だといっていたぐらいだからな」
だが、それはギルド側が却下したらしい。
こつこつとクエストをこなし、上位のランクを目指す人間はいくらでもいる。
特にAランクから先は聖域と呼ばれ、単純に強いからという理由だけでなれるものではないらしい。
けれど、“B”ランクでも過分な評価だ。
ぼくはうるさいトカゲを払っただけなのに。
まさか、あれが魔獣だなんて。
この辺りでは、あれぐらいの魔獣が“普通”なんだろうか。
「やったじゃない! エイス!!」
いきなり背中に抱きついたのは、マリルーだった。
胸の感触が感じる。ちょっと物足りないけど、柔らかい。
ぼくはピンと立ってしまった。
顔が火照っていくのを感じる。
「マリルー、エイスが困ってるだろ」
マリルーの首根っこを掴み、猫みたいに拾い上げたのはエトヴィンだ。
横にはロザリムもいて、相変わらず「はわわわ」といいながら、落ち着きがない。
『鯨の髭』のメンバーたちだ。
どうやら、ぼくのランクのことを後ろで聞いていたらしい。
「それにしても、まさかBランクとはな」
「一気に先をこされちゃった。私たちも頑張らないとね」
「はぅ……。で、でも、エイス。わ、私たちのパーティーに来てくれるのかな?」
「来てくれるわよ。私たちが先に唾を付けたんだから。ね? エイス」
Aランクは逃しても、Bランクも立派な上位ランカーだ。
その人材がほしいというパーティーはいくらでもいる。
現にマリルーたちの後ろで、他の冒険者たちが手ぐすねを引いていた。
すると、4人の冒険者が座っていた椅子から立ち上がる。
ぼくたちの方へやって来た。
「おいおい。雑魚パーティーども、勝手に決めるんじゃねぇよ」
全員男。そして背も高く、筋肉も発達している。
彼らは『狼の徒花』といって、Cランクメンバーで構成されたパーティーらしい。
王都では割と知られたパーティーなんだそうだ。
「エイスっていったっけ? 俺たちと来いよ」
「そんな雑魚パーティーと組むことないぜ」
「『鯨の髭』? はっ! そんなパーティーいたっけなあ」
「ま? どうしてもっていうなら、そこの姉ちゃん2人も一緒に入ってくれてもいいぜ。男はいらねぇけどな」
マリルーたちを押しのけ、ぼくの方にやってくる。
にやりと笑みを浮かべた。
あれれ? おかしいなあ?
「あの~。1つ聞いていいですか?」
「なんだ? 条件面の話か? 心配するなよ。分け前はたっぷり分配してやるからよ」
「いえ。そういうわけじゃなくて……」
王都では、自分より強い人間を「雑魚」というのが“普通”なんですか?
「は? てめぇ、何をいって――」
「だって、あなたたち……。マリルーよりも弱いですよね」
「人が下手に出てれば、つけあがりやがって……。Bランクだぁあ? こっちはCランクが4人もいるんだ? ぺしゃんこにしてやろうか!?」
バン、と拳を打ち鳴らす。
すると、ぼくに向かって拳打を振るってきた。
ガァン!!
金属音がギルドに鳴り響く。
相手の拳がぼくに当たる前。
大きな盾が守ってくれた。
エトヴィンだ。
「そこまでだ。うちのメンバー候補に傷をつけることは、俺たち『鯨の髭』が許さないぞ」
「てめぇ!」
『狼の徒花』の男の1人は、エトヴィンの盾を押し込もうとする。
だが、ビクともしない。
当然だよ。だって、エトヴィンの方がずっと強いんだから。
諦めた男は、再び拳を振るった。
しかし、ことごとく防御される。
小熊族の瞳は、確実にCランク冒険者の攻撃を見切っていた。
「おい! なに雑魚に手間取っているんだよ」
他の男たちがエトヴィンを囲む。
けれど、立ちはだかったのは彼だけじゃない。
元気のいい声がギルドに響き渡った。
「ねぇねぇ、リナリル。この人たちを私たちが倒したら、Cランクに上げてくれる?」
「そんな約束はできないな。……ただまあ、この騒ぎを収めてくれたら、一考ぐらいはしよう」
「オッケー、リナリル!」
「魔法は使うなよ。あとが面倒だ」
「はーい!!」
マリルーは手近にいた『狼の徒花』のメンバーの顎を杖でぶったたく。
女の力と侮ったのだろう。
防御もせずに受けると、そのまま昏倒した。
「アニキ!」
「おい。よそ見をするなよ」
エトヴィンは目の前にいた男の肩を叩いた。
男が振り向きざま、顔面に見事なストレートを突き入れる。
ぐしゃりと、鼻骨が潰れた音がした。
意識を失い、ギルドの床に倒れる。
「一気に形勢逆転ね」
マリルーはボキボキと拳を鳴らす。
にやりと口角を上げた。
「調子に乗るなよ!」
3人目は剣を抜いた。
ギラリと刀身が光るのを見ると、集まった野次馬たちはどよめく。
だけど、エトヴィンとマリルーは冷静だ。
余裕すら感じる。
「やめておきなさいよ、武器なんて」
「そうだぞ。武器まで使って負けたら、お前たちこのギルドでは働けないぞ」
「うるせぇ! その減らず口! 叩き切ってやる!!」
男は一直線に向かってくる。
2人は左右に分かれた。
すかさずマリルーは魔法を唱える。
【氷結矢】!!
剣ごと男の腕を凍らせる。
さらに氷塊は天井まで伸びると、男の動きを止めた。
そこにエトヴィンが距離を詰める。
身動きができない男の顎を狙って、意識を刈った。
さすが、鮮やかな連携だ。
「くそ! せめて1番弱っちいヤツだけでも!!」
最期の1人となった男は、ロザリムを狙う。
荒事が苦手な彼女は怖がるだけだ。
ギュッと瞼を閉じた。
だが、一向に荒くれ者の拳は落ちてこない。
顔を上げると、ぼくが立っていた。
男の拳を軽々と受け止める。
「はうぅ……。エイス……」
「大丈夫? ロザリム」
「は、はうぅ……」
と頷く。
小動物みたいに怯えてるけど、無事みたいだ。
さて……と、ぼくは男に向き直る。
「お訊きしたいんですけど……」
「うるせぇよ! 手、手ぇ離せ!」
「ぼくの村では、男が女子供に手を挙げることは恥ずべきことだったんですけど」
「はあ?」
女の子に手を挙げるのは、王都では“普通”のことなんですか?
「やかましいわぁぁぁぁああ!!」
男は一旦バックステップで距離を取る。
剣を抜くと、ぼくに襲いかかってきた。
遅い。滅茶苦茶遅い。
ぼく相手に手加減してるのだろうか。
いや、そんなことはない。
たぶん、ぼくが間違っていたんだ。
ずっと思っていた。
この世には、ぼくよりも弱いヤツはいない。
そう思っていた。
けれど、違う。
ぼくより弱い人間も魔獣もいるんだ。
この王都で住むようになって、ぼくはそれが“普通”だって気づいた。
パシィ……。
あっさりとぼくは剣を受け止めた。
両手を使う必要などない。
2本の指で十分だ。
「う、動かない……。て、てめぇ、化け物かよ!」
「化け物じゃないよ。村人だよ。“普通”のね」
バキィリ、とお菓子みたいに剣をへし折る。
ぼくの力を見て、男の顔は一瞬にして青ざめていった。
「う、嘘だろ……」
そのまま女の子みたいにペタンとへたり込む。
放心しながら、「レベルがちげぇ」と呟き、戦意を失っていった。
どうやらぼくたちの勝利だ。
いや、『鯨の髭』の勝利だ!
「おおおおおおお!!」
野次馬が盛り上がる。
その歓声を浴びながら、マリルーがぼくに飛び込んできた。
また物足りない胸をぼくに押しつける。
すると、再びエトヴィンに排除されていった。
「やったわね! エイス」
「ああ。エイスが俺たちを強くしてくれたおかげだ」
「そんなことないですよ。2人とも凄い連携でした」
「は、はうぅ……。エイス」
「ロザリムも大丈夫?」
「はうぅ……。あ、あの……。く、『鯨の髭』に入ってくれますか?」
ロザリムは尋ねた。
とても真剣な瞳でだ。
いつもどこか怯えているような表情はない。
真っ直ぐぼくを見つめた。
ぼくはそっと手を伸ばす。
ふわふわした髪を撫でた。
「ぼくでよければ、お願いします」
「はうぅ……」
「良かったわね、ロザリム」
「……(こくこく)」
「ところで、リーダーはどうするんだ? エイスが最高ランクってことになるが」
「エイス……。私たちのリーダーをやってくれる?」
「いいんですか?」
「異議無し!」
「俺もだ!」
「はうぅ……。リーダーお願いします!」
「わかった。じゃあ、今日からぼくが『鯨の髭』のリーダーだ」
こうしてぼくはBランクの冒険者となり、同時に『鯨の髭』のリーダーにもなった。
毎日更新はここまでです。
まったり更新していきたいと思います。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
またブクマ・評価いただいた方も重ねてお礼申し上げます。
鈍行ペースですが、エタらないよう更新は続けるので、
今後ともよろしくお願いします。