表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/54

第13話 これが魔獣なんて“普通”じゃない

ちょっと長めです。

「今日の仕事は手紙を届けることだ」


 リナリルさんはカウンターに手紙を置いた。

 真っ白な封筒は、赤い蝋で封をされている。

 少し匂いがする。

 いい香りだけど、リナリルさんのものじゃない。

 古い本の香りがする。


 そんな朝だった。


 カウンター向こうの麗しい受付嬢は、いつも通り物憂げな顔をしながら、ぼくに説明してくれた。


「見てわかったと思うが、あるやんごとなき(ヽヽヽヽヽヽ)方の手紙だ。機密保持が重要だから、個人依頼が来た」


「何故、ぼくに?」


「先日、紹介したリーンド卿の紹介だ。……君は相当気に入られたらしい」


「ありがとうございます」


「礼ならリーンド卿にいいたまえ」


 今度、お礼を言いにいこう。

 もちろん、マッサージもかねて。

 次にまで、もっとすごいマッサージが出来るように、筋トレしないと。


「このクエストが終われば、晴れて君は手続き上では1人前の冒険者だ。頑張りたまえ」


「はい。頑張ります」


「場所はここから北にあるノクシェ伯爵領だ。すでにリーンド卿から話を通してもらっている。宛先の場所で『リーンド氏から頼まれた』といえば、先方も気づくはずだ。……念のため地図を書こうか?」


「あ。大丈夫です。自分で調べられますから」


 ぼくは【地形走査(サイトビジョン)】を展開する。

 えっと……。ノクシェ伯爵領っと……。ああ……あったあった。

 浮かんだ街の印を指で押す。

 すると、ぼくの身体が薄く消え始めた。


「じゃあ、早速行ってきますね。リナリルさん」


「……ああ。あと、くれぐれも封筒の中身を見るなよ」


「はい!」


 ぼくの身体は遠く伯爵領へと転送された。


「転送魔法か……。まったく、相変わらずデタラメなヤツだな」


 リナリルさんは髪を掻き上げる。

 一瞬見せたキュートな姿を、ぼくが目撃することはなかった。



 ◆◇◆◇◆



 ぼくの転送魔法は成功した。

 ノクシェ伯爵領はレジアス王国の北を守る騎士家系の家だ。

 頑丈な城壁に囲まれた城塞都市で、規模こそ王都より小さいがたくさんの人が住んでいた。


 北の領だけあって、ちょっと肌寒い。

 ぼくはすぐに魔法で身体を温めた。


 封筒の宛先は、ノクシェ伯爵の屋敷になっている。

 おそらく屋敷にいる誰かなんだろう。


 早速、屋敷に行き、礼の合い言葉をいった。


「リーンド氏に頼まれてきました」


 すると、門兵の人はあっさりとぼくを通してくれた。

 部屋で待っていると、綺麗なドレスを着た女の人がやってくる。

 腰まで伸びたブロンドの髪に、真っ白な肌。

 細身で、腰の辺りがくっとくびれている。

 深い緑色の瞳は、パッチリとしていて、どこか喜びに溢れていた。


 年はぼくよりも少し上ぐらいだろう。

 どうやら伯爵家のご令嬢みたいだ。


「まあ……。冒険者が届けに来るとは聞いていたけど、随分と可愛い冒険者さんね」


「こ、こんにちは」


「そんなに緊張なさらないで。早速、見せていただけるかしら?」


 ぼくは封筒を渡した。

 ご令嬢はまず封を開けず、鼻を封筒に近づけると大きく息を吸う。


「あの人の匂いだわ」


 ぎゅっと封筒を抱きしめた。

 差出人を抱きしめているみたいに、幸せそうだった。


 ペーパーナイフで丁寧に封筒を切る。

 中には2枚の便せんが入っていた。

 徐々にご令嬢の顔は明るくなっていく。


 すべてを読み終えると、パッと紙吹雪をばらまくみたいに便せんを天井へと放り投げた。


「やったぁぁぁぁあああ!!」


 ご令嬢は大きな声を上げる。

 近くにいたぼくに駆け寄ると、思いっきり抱きしめた。

 見た目と違って、かなり力が強い。


 ご令嬢は、はたと自分のしでかした事に気づいた。

 慌てて、ぼくから離れる。

 気遣いながらも、頬を染めた。


「ご、ごめんなさい……。私、はしたないことを……。貴族の令嬢失格ね。騎士家系だからかしら。どうも感情が抑えられなくて。痛くなかった?」


「大丈夫です。隣に住むお姉さんの方が強かったですから」


「そんなに?」


「はい。ドラゴンを鯖折りで倒してましたから、その人」


「まあ……。ふふふ……。面白い冗談をいう人ね」


 本当のことなんだけどな。

 なんでみんな、ぼくが村の事を話すと冗談っていうんだろ。

 全部事実なのに……。


 はっ……。

 そうか。この辺りの人にとって、ドラゴンを鯖折りで倒すのなんて当たり前すぎるのかもしれない。

 きっと、このご令嬢も「ドラゴンを鯖折りしないと倒せないの? あんなの指1本で倒せるじゃない。冗談にもほどがあるわ」といっているのだろう。


 すごい。ドラゴンを指1本でなんて。


「でも、あなた冒険者なんだったら、もっと鍛えた方がいいと思うわ。そんな痩せた身体じゃ。スライムだって倒せないわよ。ふふふ……」


 その通り……。ぼくはスライムも倒せない未熟者だ。

 もっと頑張らないと……。


「私のフィアンセはとっても強いのよ」


「フィアンセ? 結婚するんですか?」


「ええ……。この手紙はね。その返事なのよ」


「おめでとうございます!」


「ありがとう。でも、心配……。お父様から反対されてて。けれど、彼は約束してくれたわ。絶対お父さんを説得するって」


 愛おしそうにご令嬢は、また手紙を抱きしめた。

 とっても幸せそうだ。

 いいなあ。ぼくもいつかリナリルさんと……。


 いやいや、何を考えているんだ。

 集中しろ。

 王都に帰るまでがクエストだ。


 がたっ……。


 物音がして、ぼくとご令嬢さんは入口のドアを見た。

 外が騒がしい。

 人がドタドタと慌てて走る音が聞こえる。


 すると、扉が勢いよく開いた。

 入ってきたのは、ご令嬢と一緒の髪の色をした壮年の男の人だ。

 立派な口ひげをし、鋭い眼光を放っていた。

 いまから戦場にでも行くのだろうか。

 鉄の塊――じゃなかった――甲冑を着ている。


「ジェシカ! ここにいたのか。うん? 客人か?」


「リーンド様の使者ですわ。お茶会の知らせを持ってきてくれたのよ、お父様」


「本当か? 変な()と密通でもしているのではないか?」


 ギロリと睨み、厳しい表情を浮かべる。

 ジェシカさんは慌てて取り繕った。


「まさか……。それよりもお父様、その格好は?」


「そうだ。逃げろ、ジェシカ」


「逃げる?」


「魔獣の群れが、この伯爵領に迫っている。見たこともない数だ」


「魔獣の群れ……。しかし、ここには多くの勇敢な騎士がいるではないですか」


「それでも無理だ! すでに領民は避難を始めている。お前も逃げるんだ」


「お父様はどうするのですか?」


「家臣たちと一緒に魔獣を駆逐する。……心配するな。私は死なぬよ」


「そんなお父様……」


 ジェシカさんはお父さんをひしと抱きしめた。

 さめざめと涙を流す。

 娘の涙を見て、お父さんももらい泣きを始めた。


「お父様……。今までお父様に隠してきたことをお話しします。実は――」


「良い。……魔獣を追い払ったら、ゆっくり聞くとしよう」


「しかし――!」


 反論しようとするジェシカさんの肩にそっと手を置く。

 ずっと硬かったお父さんの表情が、急に柔らかくなった。

 娘を真っ直ぐ見て、微笑む。


「もし、私に何か会った時は、お前の好きなようにしなさい。私はお前を信じているから」


「お父様……」


 ジェシカさんはお父さんともう1度抱き合った。

 その匂いを頭の裏にまで刻むように大きく吸い込む。

 やがて迎えに来た従者たちによって、ジェシカさんは屋敷の外へと連れ出された。


「冒険者……。お前はどうする?」


「ぼくも戦います!」


「逃げてもかまわんのだぞ」


「いえ。微力ながらお手伝いします」


 ぼくはまだ半人前だけど冒険者だ。

 魔獣を倒すことが使命みたいな職業なのに、その現場から逃げることは出来ない。

 それにジェシカさんとお父さんを、もう1度会わせてあげたい。


 親子の別れに、ちょっと涙に滲んでいた瞳を、ぼくは拭った



 ◆◇◆◇◆



 ノクシェ伯爵領を守る騎士達は、城壁に登る。

 矢を番え、大砲を用意し、魔法士たちは呪文を唱えた。

 準備万端だ。


 ぼくもノクシェ伯爵とともに壁を登る。

 空気が張り詰めていた。

 みな、真剣に北を見つめている。

 少し肌寒いくらいなのに、その額には汗が浮かんでいた。


「見えたぞ……。魔獣が来た」


 ノクシェ伯爵は口を結ぶ。

 心の中に浮かんだ恐怖を押し込んでいるかのようだ。


 西日を受けながら、北の空に黒い点が浮かぶ。

 1つだけじゃない。

 2つ、3つと増えていく。

 次第に、それは空を埋め尽くしていった。


 羽根を動かし、城塞に向かって真っ直ぐ飛んでくる。


「ぎゃあああああああ!!」


 まだ距離があるというのに、獣の声が聞こえてきた。

 その声を聞いて、騎士さんたちは「おお……」とどよめく。

 ノクシェ伯爵は「落ち着け」といって、家臣たちの動揺を押さえ込んだ。


 ぼくは【千里眼(ボーダー・ヴィジョン)】で、遠くの方を観察する。

 空に飛んでいたのは、いつかの空飛ぶトカゲだった。


 あれれ? どこにも魔獣(ヽヽヽヽヽヽ)がいないぞ(ヽヽヽヽヽ)


 右を見ても、左を見てもいない。

 もちろん、正面にもだ。


 【千里眼】の倍率を上げ、地平の彼方まで観察したけど、魔獣はいない。


 苦虫をかみつぶしたような領主の横顔を見ながら、ぼくは尋ねた。


「あのぅ……。魔獣ってどこにいるんですか?」


「ん? 見えんのか? ほら、北の空に無数に飛んでいるではないか?」


 ノクシェ伯爵は指を差す。

 けれど、何度探してもどこにもいない。

 見えるのは、あの大きな蝙蝠だけだ。


「すいません。ぼくには……」


「そなた、目が悪いのか? ほら! あれだ! わからんか?」


「いえ。全然!」


「よく見ろ! ふざけておるのか?」


「いいえ。割と真剣にいってるんですけど……」


「ぎゃああああああ!!」


 またトカゲたちが嘶く。


 ああ。もううるさいなあ。

 あと、そんなにいたら魔獣が見えないじゃないか。


 ぼくは手を掲げた。



 【閃神爆光刃(ブラスター・レイ)】!!



 一条の光が、空を切り裂く。

 空気を焼きながら一直線に進むと、1匹の蝙蝠が貫いた。

 ぼくはそのまま手を振る。

 横にスライドさせると、次々と切り裂いていった。

 炎を上げ、蝙蝠たちは落下していく。

 気がつけば、無数にあった黒点は消滅していた。


 ふー。すっきりした。


 これで魔獣を探せるぞ。

 ぼくは【千里眼】を起動する。

 あれ? やっぱりどこにもいないんだけど……。


「あの……」


 ぼくはもう1度教えてもらおうと、ノクシェ伯爵に向き直る。

 すると領主様は、がくんと顎を開けて固まっていた。


「ど、どうしたんですか?」


「……ど、どうしたって、君ね。一体何を?」


「いえ? 何も……。ただ魔獣がよく見えなかったから、あの空飛ぶトカゲを殲滅しただけですけど」


「違う! トカゲではない! あれが魔獣なのだ!!」


「いやいや……。あんなの魔獣じゃないですよ。ぼくの村ではもっと大きなものを――」


「君はどこの出身だ?」


「英雄村ですけど……」


「聞いたこともないな。相当な田舎なのか? いや、それはともかく、あれは立派な魔獣だ! 君はたった今、ここにいる精鋭揃いの騎士達が、束になって戦っても勝てなかった魔獣を、一瞬にして消し飛ばしたのだ!」


「え? じゃ、じゃあ……。あれがこの辺りでは“普通”サイズってことですか?」


「そうだ。あれが“普通”なんだ。そして、君がやった行いは、“普通”じゃないんだ」


 ガーン!


 うそ! あれが魔獣なの?

 この辺りの?

 あんなにちっこいの魔獣なの?


 ぼくの村の周りでは、山みたいに大きいのに!?

 一体どうやったら、あんなに小さくなれるんだよ。


 じゃ、じゃあ、もしかしたら、大きな黒いトカゲも、大きな猫も魔獣だったってことなのかな?


 信じられない。

 この辺りの魔獣って、こんなに弱いのか?

 それが普通なの?


 呆然とするぼくの手を、ノクシェ伯爵は握った。


「ありがとう、英雄よ」


「え、英雄!?」


「当たり前だ。このノクシェ領を救ってくれた君は、領民すべての恩人だ!」


「お父様!!」


 大きな声が聞こえる。

 旅装をしたジェシカさんが、城壁の下で立っていた。

 どうやら逃げなかったらしい。

 お父さんのことが心配だったのだろう。


 城壁を登ってくる。ひしと伯爵と抱き合った。

 感動の対面だ。ぼくは思わずうるっと来てしまった。


「ご無事でよかった」


「彼のおかげだ。ジェシカ、彼はとても強い冒険者だぞ」


「見ていましたわ」


 ジェシカさんはぼくの手を取る。

 ぎゅっと力強く握ると、ぼくに顔を近づけた。

 濃い緑色の瞳をキラキラさせる。


「父を助けてくれてありがとう。お名前を伺ってもいいかしら」


「え、エイス・フィガロです」


「エイス……エイス()ね」


「さ、“様”?」


「エイス様。私と結婚して下さい」


 は?


 はああああああああああああ!!!!


 ちょちょちょちょちょっと待って!

 いきなり何をいいだすの、この人。

 確かジェシカさんって婚約者がいるんだよね。

 ぼく、その人の手紙を届けにきたはずだけど。


「わたくし、強い殿方が大好きですの! どうか。わたくしの思いに応えていただけませんか?」


「ちょっと待ってください! ぼくはただ村人で、冒険者で」


「身分なんて関係ありませんわ」


「そもそも伯爵が許して――」


「いいだろう。認めよう」


 あっさり認めちゃったよ!


 うんうんって、滅茶苦茶深く頷いてるよ、伯爵。


「さあ、返事を! わたくし、結構気が短いほうですの」


 え?


 いや、ダメだ!


 ぼ、ぼくにはリナリルさんという……。


 というか、絶対こんなの“普通”じゃないよぉぉぉ!!


果たしてリナリルとの三角関係の行方は?(いや、そんな話じゃないので……)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
新作投稿しました! よろしければ、こちらも読んで下さい。
『隣に住む教え子(美少女)にオレの胃袋が掴まれている件』


小説家になろう 勝手にランキング

cont_access.php?citi_cont_id=268202303&s

ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ