第12話 受付嬢と貴族の“普通”じゃない関係
「ダメだ」
素っ気ない声を響かせたのは、リナリルさんだった。
相変わらず、眠たそうにしている。
ギルドのカウンターの向こうで、頬杖をついて眠たげな顔をしている。
それがまたチャーミングだった。
「どうして、リナリルさん!?」
反論したのは、マリルーだ。
カウンターをバンと叩いて、食ってかかる。
ぐるるる、と猛獣みたいな唸りを上げた。
まるで眠り竜と虎が戦ってるみたいだ。
「ギルド条項第15条第4項。『Fランクの冒険者のパーティー加入は、Bランク以上1名、またはCランク3名以上の冒険者がいることを絶対とする』と書かれてあるからな。マリルー、お前のランクはいくつだ?」
「……Dだけど」
「エトヴィン、お前は?」
「でぃ、Dだ」
「ロザリム……?」
「はうぅ……。Eランクですぅ」
どんよりとした空気が流れる。
『鯨の髭』のみんなは、揃って肩を落とした。
何か落ち込んでるみたいだけど、凄いなあ、3人とも。
ぼくよりずっと上のランクだ。
「げ、現実を突き付けられた気分だわ」
「わかったろ? お前たちが、エイスくんをパーティーに入れるには、圧倒的にランクが低いのだ。つべこべいう暇があったら、クエストの1つや2つ片づけてこい」
「でも、エイスはとっても強いのよ」
「本人の強さはどうこうではない。ランク調整というギルドのシステムがあるのだ。私の一存では、どうにもならない」
「でも、エイスの訓練には付き合えたじゃない!」
「場所が決まっていて、安全が確認できているからこそ可能なのだ。通常のクエストに彼を連れていくことは出来ないぞ」
「むぅぅぅ~。リナリルさんの意地悪……」
「悔しかったら、自分たちのランクをあげるんだな」
マリルーの眼光を無視し、リナリルさんは濃いめの珈琲を啜った。
両者一歩も譲らない。
竜と虎の対決は、この後も続いた。
マリルーが食い下がるのも理由がある。
DランクからCランクに上がるのは、かなり難しい条件をクリアしなければならないからだ、とエトヴィンがそっと耳打ちして教えてくれた。
だから、DとCの間にはかなり隔たりがあって、ほとんどの冒険者がDランクで諦めてしまうそうだ。
そうか。
じゃあ、トレインさんはAランクだから、相当凄かったんだなあ。
ぼくはかつてインストラクターを勤めてくれた老冒険者を思いだしていた。
2人の言い争いが、物別れに終わるかなと思った時、ロザリムが手を挙げる。
「あ、あの……。え、エイスにランクを上げてもらうというのはどうでしょう?」
「おいおい。それはあまりに他力本願じゃないのか」
小熊族のエトヴィンは、その丸い耳をピクピクと動かした。
しかし、それに強く同調したのは、マリルーだ。
「それよ! エイスにEランクになってもらえばいいんだわ」
「だが、Eランクに上がるのも至難だぞ。ソロで王都外のクエストを最低1つ以上は、達成しなければならないのだからな」
「エイスなら楽勝よ」
「実力の問題じゃないんだ、マリルー。お前も苦労しなかったか?」
「ああ。そうか。Fランクの冒険者を雇う王都外クエストなんて、なかなかないものね」
「あったとしても、競争力が高すぎる。Eランクに上がりたいFランク冒険者なんていくらでもいるからな」
「ねぇ……。リナリルさん、そんなオススメクエストどこかにないの?」
マリルーは急にゴロゴロと甘えた声をあげる。
対して、リナリルさんは大きく息を吐いた。
「ないわけではない」
◆◇◆◇◆
ぼくは『鯨の髭』のみんなと一旦別れた。
今は、リナリルさんとともに目抜き通りを東に向かって歩いている。
前を歩くリナリルさんは、どんどんと進んでいく。
ふわりとたなびく金髪は、陽を浴びてキラキラと輝いていた。
ちょっといい香りがする。リナリルさんの匂いだ。
紹介したい人がいる――。
そういって、リナリルさんはぼくをギルドから連れ出した。
2人っきりだ。
なんかデートしてる気分になる。
すると、ぼくと視線が合った。
「ん? なんだ? わたしの顔に何か付いているか?」
「いいいいいいいえいえ。なんでもないです!」
「相変わらず、君はおかしなヤツだな。……さて改めて説明するが、クエストには大まかに分けて2つの受注方法がある」
クエストには2つある。
1つは募集受注だ。
依頼者がギルドに依頼し、不特定多数の冒険者やギルド登録者に募集をかけるやり方。ギルドの壁に貼り付けられているもののほとんどが、募集受注だ。
2つ目は個人受注。
依頼者が個人の冒険者を名指しして依頼するやり方だった。
2つの受注方法の最大の特徴は、報酬の違いだ。
基本的に個人受注の方が高い。
個人受注は秘匿性が要求されるため、その分依頼料が上乗せがされる。
お金を持っていないと出来ないため、依頼者は必然的に貴族や身分の高い人だ。
リナリルさんは、そういう人をぼくに紹介して、ソロクエストを成立させようと考えているらしい。
「でもFランクの冒険者なんて雇ってくれる人いるんですか?」
「言っただろ? 運だと……。心配するな。当てはある」
そういうリナリルさんに連れて来られたのは、立派なお屋敷だった。
鉄の門構えに、広い庭は綺麗に整備されている。
奥には、赤い屋根をした白壁の本殿がそびえていた。
「レジアス王国の将軍で、リーンド・バン・ヴォルフォン伯爵の屋敷だ」
ぼくたちは早速、屋敷の中に入る。
給仕服を纏ったメイドさんが、案内してくれた。
廊下へ歩く間にも、何人かのメイドや執事と挨拶を交わす。
通された部屋で、待っていたのは、キラリと頭を光らせたおじさんだった。
偉そうな口髭を生やし、猫背なせいかぼくより身長が低い。
この人がリーンドさんらしい。
昔、勇猛を馳せた武将だったのだろう。
壁には。背筋をピンと伸ばした若かりしリーンドさんの自画像が描かれていた。
「おお。リナリルくん、久しぶりだな」
「わたしを呼ぶ時は『様』を付けろといっただろ、この豚野郎!」
「は、はい。すいません、リナリル様」
さっきまで偉そうだったリーンドさんは、突然平伏する。
リナリルさんの足元で、子犬のような目をしていた。
対して、リナリルさんはすっごい上から目線で、リーンドさんを睨んでいた。
なんかちょっと怖いぞ。
ギルドの受付嬢と、壮年の貴族。
ともかく“普通”の関係ではないようだけだ。
恋人関係……な訳ないよね。
「エイスくん。この貴族の男は、見ての通りの変態なのだが、マッサージをしてやってくれないか」
「マッサージですか?」
「リナリル様に踏んでいただけるのではないのですか?」
「お前の注文はマッサージだろ? そしてマッサージをするのは、昨日ギルドに登録したこの子だ。……行けるな、エイスくん」
「はい! 全力で頑張ります!!」
「ま、まあいいでしょう。でも、わしを満足させられない場合、リナリル様。例のあれはお願いしますぞ?」
「ま――仕方がない。登録者が任務を遂行できない場合、ギルドが責任を持つというのが契約だからな」
「うひょひょひょひょ!」
リーンドさんは気味の悪い笑みを浮かべた。
いまいち話の流れが掴めないけど、つまりぼくがマッサージでリーンドさんを満足させられなかったら、リナリルさんが代わりにするってことかな。
よし! リナリルさんの手を煩わせないように頑張るぞ。
「では、君……やってもらおうか。しかし、1つ忠告しておくぞ。わしの腰は、長年の軍人職でガチガチじゃ。どんな整体師もわしの腰をもみほぐせなかった。唯一わしを癒せるのは、リナリル様のおみ足だけなのじゃ」
そんなにひどくこっているのか。
大変そうだなあ。
村のおじいさんも腰だけは気をつけろっていいながら、寝たきりのままドラゴンを両断してたっけ。
だけど、それを癒せるのはリナリルさんだけなんて。
さすがリナリルさんだ。
「頑張ります!」
「ふん。威勢だけはいいようだな。そうやって新人は、わしの腰の前に屈してきたのじゃ」
ほっほっほっと笑いながら、リーンドさんはベッドの上に俯せになる。
ぼくはその上に跨がる。
腰に手を置いた。
渾身の力を込める。
メキィメキィメキィメキィメキィ!!!
「ちょ、ちょっとタンマ!! 待った! 一旦……降りろ!」
ぼくは慌てて手を離し、いわれたとおりベッドから降りた。
あれ? 何か粗相でもしたかな。
まだほんの力を込めた程度だったんだけど。
リーンドさんは1度、ベッドから下りる。
何故か息を切らした。その顔を真っ青になっている。
横で見ていたリナリルさんも驚き、固まった。
「だ、大丈夫ですか?」
「ふ……。ふふ……。小僧、やるではないか?」
「へ? は、はあ……。ありがとうございます」
「しばし待て。準備を忘れていた」
すると、リーンドさんは魔法を唱えた。
こっそり見えないように魔法をかけたから、リナリルさんは気付いていない。
だけど、ぼくにはすぐわかった。
それは部位を強化する魔法だ。
でも、なんで腰の辺りにかけたんだろうか?
今、ここでする事かな?
いや、リーンドさんはとても偉い貴族なんだ。
ぼくには理解できない理由があるのだろう。
もう1度、リーンドさんはベッドに寝っ転がる。
「来い! 小僧!!」
目を血走らせて、リーンドさんは叫んだ。
よーし。ぼくもエンチャントし直そう。
【筋力強化】と、あと【治癒】【肉体活性】の魔法を付与して……。
あ、そうだ。【魔力増強】も入れようか。
ぼくはもう1度、腰に手を置く。
「よっ!!」
メリィメリィメリィメリィメリィメリィ!!!!
「ぎやああああああああああ!!!!」
突如、リーンドさんは悲鳴を上げた。
ベッドから飛び上がると、そのまま床に落ちて、悶絶する。
主の悲鳴を聞き、家臣たちが部屋に雪崩れ込んできた。
「旦那様、大丈夫ですか?」
「大丈夫もくそもあるか! なんじゃ、こいつの馬鹿力は! 殺す気か!?」
「いや、ぼくは普通にマッサージをしただけで……」
「おや? 旦那様? いつもより背筋がピンと伸びてる気がいたしますが」
家臣の1人が気付く。
最初、猫背気味だったリーンドさんの背中がピンと立っていた。
すると、本人は1度腰をひねって確認する。
「むむ……。腰が軽い。おお! なんか腰痛が治ってるような気がするぞ」
「おめでとうございます! 旦那様!!」
リーンドさんは、飛び上がって喜ぶ。
横で家臣の人たちも、泣いて喜んでいた。
よかった。リーンドさんの腰が治ったみたいだ。
でも、あの程度の魔法でこんなに喜んでもらえるなんて。
リーンドさんは、実はとても優しい人なのかもしれない。
「ありがとう、青年。実は腰痛に困っていてな。おかげで教練にも顔を出せなくて、困っていたところなのだ」
「いえ。ぼくはいわれた仕事をしただけで」
「これは少ないが、お礼じゃ。ギルドの報酬とは別に受け取っておいてくれ」
すると、リーンドさんは金貨5枚をぼくの手の平に置いてくれた。
このレジアス王国の王都でも、3ヶ月何もしなくても暮らしていけるほどのお金らしい。
「ええ!? こ……こんなに!!」
「はっはっはっ……。むしろ少ないくらいじゃ」
「閣下、少しお話があるのですが……」
リナリルさんは話に割ってはいると、事情を説明した。
すべて聞き終えると、リーンドさんは大きく頷く。
「なるほど。リナリル君が急にわしの腰を踏みたいといってきたのは、そういうことか。よかろう。喜んで、わしはエイス君の依頼者になろう。……早急に何か依頼を考えねばな」
「ありがとうございます、リーンドさん」
「よいよい。……お主のような前途ある若者は嫌いではない。精進しろよ」
「はい!」
こうしてぼくはソロクエストを受注することができた。
ああ……。本当にこの街にいる人は、優しい人ばかりだな。
ところで、リーンドさんとリナリルさんの関係って何なんだろう……。
色々と考えたけど、答えが出ることはなかった。
一体、リナリルとリーンドの関係って一体……。