第11話 知らないなんて“普通”じゃない
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ぼくは『鯨の髭』の仲間ではなく、師匠になった。
マリルーたちは、ぼくよりも弱いらしい。
だから、一刻も早く強くしてあげなきゃいけない。
それは彼女たちを守ることでもある。
早速、ぼくたちは王都の中心から外れた場所へとやってきた。
特訓を始めるためだ。
すると、マリルーはぼくの顔を見て、ギョッと驚いた。
「エイス! どうしたの、その顔? すっごい隈が出来てるわよ」
「いや、昨日実は眠れなくて……」
「ど、どうして? もしかして緊張してるとか?」
「そういうわけではないんですけど……」
確かに昨日、ぼくは眠れなかった。
寝てる間に、弱いマリルーたちが魔獣に襲われて死んでしまうかもしれないと、心配したからだ。
結局、一晩中【地形走査】を使って、王都の周囲を監視することになった。
おかげで寝不足だ。
次から次へと欠伸が喉の奥から浮かんでくる。
「しっかりしてよ、エイス師匠。訓練の1日目よ」
「ご、ごめん。でも、大丈夫。今日の訓練はすぐ終わると思うから」
「俺はどんな訓練だろうと耐えてみせるぞ」
「はうぅ……。頑張ります!」
眠たげな目をこするぼくとは違って、エトヴィンもロザリムも気合いが漲っていた。
そうだ。『鯨の髭』の人たちの命がかかっているんだ。
ぼくも気合いを入れ直さないと。
「まず皆さんにお訊きしたかったんですけど、皆さんはなんで“気孔弁”を閉じているんですか?」
「きこうべん?」
「なんだ、それは?」
3人は顔を合わせる。
『鯨の髭』の中でも比較的物知りなロザリムも、知らないようだ。
なるほどな。
それで、3人は弱いのか。
最初、『鯨の髭』の戦闘方法を見てから、ひっかかっていた。
なんで“気孔弁”を閉じて戦っているのか?
ぼくは、己を鍛えるつもりだと思っていたけど、どうやら知らないだけらしい。
王都にいる人のほとんどが、気孔弁を閉じていた。
きっと王都では“普通”のことではないのかもしれない。
人間には身体能力を司る筋力、魔法の源でもある魔力、そして生命を維持するための“気力”というものが存在する。
それを出入りする穴を“気孔”といって、気孔弁とはその出し入れを調整する蓋みたいなものだ。
“気力”は人間にある力の中でも、1番強い。
生命を守るための力だからだ。
これはうまく操り、他の2つと掛け合わせることによって、飛躍的に強くなることが出来る。
ぼくたち英雄村の住民は、みんなこの“気力”を扱い慣れている。
というか、それが出来なければ生きていけない。
こんなぼくだって、生まれて間もない頃には、“気力”を操ることが出来たんだ。
といっても、“普通”は生まれてすぐに操ることが出来るんだけどね。
「いまいちピンとこないわね……。私、結構頭が悪いのかしら」
「心配するな、俺もだ」
マリルーとエトヴィンは、がっくりと項垂れた。
「はうぅ……。生命を守る力ということは、火事場の馬鹿力みたいなものなのでしょうか?」
「うん。たぶん、そういう理解でいいと思うよ、ロザリム」
ぼくはつい手が出て、ロザリムの頭を撫でる。
すると、彼女の顔は真っ赤になった。
「はうぅ……。エイスせんせー」
「わわ……。ごめん、ロザリム。つい――」
「い、いえ。大丈夫です。き、気にしてませんから」
ロザリムってぼくよりも小さいから、頭が撫でやすい位置にあるんだよな。
気をつけないと……。
でも、なんか凄い気持ち良かったな。
ロザリムの髪って、同じエルフのリナリルさんと違って、ふわふわしてる。
陽光を受けると、砂金が流れるみたいに綺麗なんだ。
「また触らせてくれないかな」
「はうぅ……。大丈夫です。さ、触っても」
「え? あ! ごめん。口に出てたかな、ぼく」
「ふふふ……。エイスは、合法ロリがお好みかな」
「ご、ごうほうろり?」
マリルーはニヤニヤと笑う。
その横で、ますます赤くなったロザリムは、ポカポカと仲間の二の腕を叩いた。
「はうぅ……。マリルーのばかばか!」
「ごめんって! ロザリム」
「おい。2人とも今日はイチャつきに来たんじゃなくて、訓練をしに来たんだぞ」
「はーい」
「はうぅ……」
真面目なエトヴィンが締めると、2人は大人しくなった。
やっぱり皆さん、仲良しだな。
「――で、エイス。俺たちは何をすればいいんだ?」
「簡単です。“気孔弁”が閉じているなら、こじ開ければいいんですよ」
「そんな事が出来るのか?」
「ぼくの気をエトヴィンたちにぶつければ、強制的に開くことが可能です」
「よし! まずは俺が試してみよう」
「一応、やる前に確認するんですけど、割と危険なことです。それでもいいですか?」
「エイスより強くなるためだ。望むところだ!」
エトヴィンはふんと鼻息を荒くした。
気合い十分といったところだ。
じゃあ……と、ぼくはエトヴィンの背中に手を置いた。
「行きますよ」
「やってくれ!」
ぐにゃり、とぼくの手の周りが歪んだ。
それを見たマリルーとロザリムが息を呑む。
エトヴィンは「熱い」と呟いた。
魔力のように可視できるものじゃない。
けれど、その塊に触れると、とても熱く感じるのだ。
手の平に集中させた“気力”をぼくは一気に解き放った。
どぅん!!
重たい衝撃音が鳴る。
エトヴィンは思わずつんのめった。
手を突く。
「ぬおおおおお……」
唸る。
四つん這いになった状態で、立つどころか、指先1つ動かせない。
「だ、大丈夫、エトヴィン!」
「ああ。ま、まあな……。だが、凄い圧力だ。恐ろしく重たい水の中で泳いでるような……。身体の自由が利かない」
「最初はそんなものです。立てますか?」
「やってみる……」
エトヴィンは力を込める。
パッと両手で地面を弾き、勢いよく立ち上がった。
トットトとよろめく。
直立することには成功したけど、かなりだるそうな顔をしていた。
「その状態でスキルを使って見て下さい」
「ぐぐぐ……。す、スキル、か?」
「なんでもいいです」
すると、エトヴィンは背中に背負った盾を持ち上げる。
先日、ダンジョンで見つけた呪いの盾だ。
それを構えると、スキル名を叫んだ。
【重装突撃】!
【盾騎士】のスキル――盾の圧力によって、眼前の吹き飛ばすスキルだった。
衝撃が空気を弾く。
力を持った突風が、目の前の巨木を吹き飛ばした。
勢いは止まらない。
森の木を根こそぎ刈り取る。
後に残ったのは、巨大な猛獣が通ったようなえぐれた森の姿だった。
「す、すごい……」
「こ、これが俺の力……か……」
すると、エトヴィンはふらりと体勢を崩す。
地面に倒れ込む前に、ぼくはすかさず受け止めた。
「エトヴィン、大丈夫なの?」
マリルーは心配そうに目を細める。
返事はない。
聞こえてきたのは、寝息だった。
かなり深く寝入っていて、頬をつねる程度では微動だにしない。
「“気力”を使い切って、疲れて眠ってしまっただけです。心配いりません」
“気力”は生命エネルギーだ。
もちろん使い過ぎれば、身体が悲鳴を上げ、強制的に眠りにつくことになる。
使い方を誤れば、魔獣の前で眠ることになるから注意しなければならない。
「明日の朝まで眠れば、回復すると思います。――次は、マリルーの番ですね」
「いや、私も眠っちゃうってことでしょ? 大丈夫かな?」
「大丈夫です。それが、ぼくの狙いです。行きますよ」
「あ! ちょっと待って! 心の準備がまだ――――ひゃっ!」
ぼくはマリルー、ロザリムと立て続けに、自分の気を流した。
2人は魔力を使うと、エトヴィンと同じくこてっと眠りについてしまう。
みんなが眠ったことを確認すると、近くにあった木を魔法で切り刻んだ。
即席のベッドを組み上げる。
周囲にありったけのエンチャントを施した結界を張った。
「ふう。ようやくか。これでぼくも気兼ねなく眠ることができそうだ」
安心した瞬間、欠伸が出た。
眠気という魔獣が牙を剥き、ぼくは仲間を前にして、安心して眠ることが出来た。
◆◇◆◇◆
次の日。
最初に起きたのは、マリルーだ。
ぱちりと目を開ける。
陽が東から登るのを見て、驚いた様だった。
「本当に私、一晩眠っていたのね」
「おはようございます、マリルー。良い朝ですね」
挨拶する。
けれど、マリルーから返事はかえってこなかった。
じっとぼくを見つめる。
少し頬が赤くなっていた。
「一応、確認したいんだけど、何もしてないわよね」
「何って?」
「そ、その……。やらしいこととか?」
「そんなことしてませんよ」
「嘘! ロザリムにはしたんでしょ!」
「してませんってば!!」
マリルーって意外と疑り深いんだな。
誓ってそんなことはしていない。
そもそもぼくが起きたのも、今さっきなんだ。
昨日、眠れなかったから、2日分の眠気が来たらしい。
おかげで、頭はスッキリしていた。
「気分はどうですか?」
「うん? そうね。悪くないかも……」
「じゃあ、ちょっと軽く魔法を使ってみようか?」
「わ、わかったわ」
マリルーは少し跳ねた赤髪を掻きながら、ぼくが張った結界の外に出る。
手を掲げ、呪文を唱えた。
【氷魔矢】!
力強い発声は、朝方の王都郊外に鳴り響く。
瞬間、魔力が手の平に集まると、魔法が放たれた。
シャアアアアアアアア!!
鋭い音を立て、空気を切り裂いたのは、強大な氷の矢だった。
近くにあった樹木に突き刺さる。
あっという間に幹の奥にまで氷が侵食すると、勢いよく弾け飛んだ。
それだけではない。
地面には割れた海のような氷の跡が出来ていた。
「え? ちょっと……。嘘……。これが私の魔法?」
「疲れはないですか?」
「今回は大丈夫みたい……」
「じゃあ、成功だね」
「どうして? 私、エイスに気孔弁を解放してもらって、眠っただけなのに」
「その眠るのが重要なんです」
急激に気孔弁を解放された身体は、同時に学習を始める。
なにせ“気力”は生命エネルギーだ。
それがあんなに一気に放出されれば、たちまち命の危機に陥る。
そうならないように、身体が勝手に学習し、眠っている間に最適な方法で操作できるように脳が処理するのだ。
結果、マリルーは“気力”を使った魔法を習得することが出来た。
「後はオンオフの問題だけですね」
「すごい! 私、眠っただけで強くなっちゃった。ありがとう、エイス」
マリルーは抱きつく。
ちょっと固めの胸をぼくに押しつけてきた。
眠っただけでパワーアップ!
エイスの名誉のためにいいますが、何もしていないですw