第9話 みんなの喜び方が“普通”じゃない
真っ暗な闇が横たわるダンジョン。
魔法の明かりに照らされ、ぼくたちの影は影絵のように揺らめいていた。
キィン!
甲高い音が響く。
ぼくたちは、大きな蝙蝠――ダークバットンに襲われていた。
それをエトヴィンさん、マリルーさんが追い払い、傷ついた2人をロザリムさんが回復させている。
「エトヴィン! 全体魔法を唱えるわ。少し時間を稼いで!」
「よし! ロザリム! 強化を頼む」
「は、はい! 【職能気質】!」
「ここからは1歩も通さん!! 【強固な騎士の魂】!」
「永久凍土の向こう。白き大地に住まう神エターリルよ!!」
「おい! まだかマリルー!」
「いいわ! エトヴィン! タイミングを合わせるわよ、1……」
「2……」
「3……!」
【氷華爆咲】!
エトヴィンさんは盾騎士のスキルを解く。
瞬間、マリルーさんの魔法が炸裂した。
氷の飛礫が、彼女を中心に放たれる。
たちまちダークバットンたちの身体に、無数の穴が空いた。
奇妙な鳴き声が病む。
ダンジョンの天井を飛び交っていた大きな蝙蝠たちは、全滅したようだ。
ひとまず安堵の空気が立ちこめる。
『鯨の髭』は、なかなかバランスの取れたパーティーだ。
エトヴィンさんが獣人の力を生かして盾となり、接近を防ぎ、距離を取ったところでマリルーさんの魔法で一網打尽にする。傷ついたエトヴィンさんを、ロザリムさんが回復をしたり、補助魔法で強化していたりしていた。
指示を出したり、エトヴィンさんが防げなかった魔獣を倒したりするマリルーさんの負担が重い。それ以外では、理想的なチームだった。
そのマリルーさんは汗を拭う。
「ふー。なんとかなったわねぇ」
「なんとかなったわねぇじゃないだろ。ダークバットンってDランクの魔獣だぞ。俺たちでなんとか敵う相手だ」
「何がいいたいのよ、エトヴィン?」
「引き返すべきだ」
「ダメよ! もたもたしてたら、他の冒険者に先を越されるかもしれないのよ」
「今日は訓練だったから、探索用の装備もわずかだ。それにエイス君までいる。彼を危険にさらすわけにはいかない!」
「そ、それはそうだけどさ……。でも、あんた――あれを見ていえるの?」
エトヴィンさんとマリルーさんは、ちらりとぼくの方を見た。
正確には、ぼくを見たんじゃなくて、その足元だ。
そこにはたくさんのダークバットンの死体が転がっていた。
すべてぼくが仕留めたものだ。
ざっと50匹ぐらいはいるかな?
対してマリルーさんたちが倒したのは、半分くらいだった。
「(ねぇ! エイス君って実は、すっごく強いんじゃない?)」
「(あ、ああ……。初めて会った時から思っていたんだが、彼の持っている剣って、あの聖剣じゃないのか?)」
「(ええ! 嘘! マジ? つまり選ばれし者ってこと?)」
「(でも、彼……。スライムにブルってたぞ?)」
マリルーさんはエトヴィンさんに耳打ちする。
ぼくの方にまでは聞こえなかった。
一体何を喋っているんだろうか。
「マリルーさん、何を話しているんですか?」
「い、いやぁ……。なんでもないのよ。え、エイス君って結構強いんだね?」
「いえ……。そんなことはありませんよ。村で赤ん坊にまで負けてたんですから」
「あは、あはははは……。お、面白いジョークね」
「マリルーさんも凄いです。きちんと力をセーブして最小限の力で倒してるんですよね。あんなに弱い魔法を使って」
「え? あーあー、うん。そ、そうなんだ。力をセーブしてるの。何が起こるかわからないし。(私が今覚えてる最強の魔法なんだけどな)」
「何かいいました?」
「う、ううん! なんでもないわ」
「はい。では、先を進みましょう」
「え?」
マリルーさんはエトヴィンさんと顔を合わせる。
ロザリムさんともアイコンタクトを取ると、大きく頷いた。
最後にエトヴィンさんは肩を竦める。
「行ってみるか……」
「やった! エトヴィン、話が分かるじゃない」
「危ないと判断したら、退却するからな。エイス君も無理はするなよ」
「はい! 頑張りましょう!」
ぼくたちは奥へと進む。
途中、あの蝙蝠や大きな蛇が出たけど、問題なく突き進んだ。
「ダークバットンの次は、キラーサーペントとはな」
「ちょっと危なかったわね。エイス君がいて良かったわ」
「は、はうぅ……。え、エイス君……。怪我してない?」
ロザリムさんが優しく話しかけてくれる。
「大丈夫です、ロザリムさん」
「はうぅ……。ろ、ロザリムでいいから。さ、さん付けはいらないから」
「いいんですか?」
「私もマリルーでいいわよ」
「右に同じ」
「マリルーさん、エトヴィンさん……」
「こーら。マリルーでしょ。……あなたはもう『鯨の髭』の仲間なんだから」
「ありがとうございます!」
ぺこりと頭を下げる。
嬉しかった。
ぼくみたいな『普通』の村人を、仲間として扱ってくれるなんて。
まるで夢のようだ。
良かった、王都に来て。本当に良かった。
ぼくたちは広い空間に出る。
他に明るく、今まで通ってきた回廊とは明らかに異質だ。
その正面奥には台座があった。
何か盾のようなものが置かれ、光を放っていた。
「ちょっと! あれなに!! お宝!?」
「マリルー! 待て! 罠を確認しろ!!」
マリルーは色めき、走り出した。
すると突然、轟音が鳴り響く。
まるで盾を守るようにそびえていた2体の石像が動き出した。
周りの石壁を崩しながら、巨大な質量を見せつけるかのように地面に足を下ろす。
たくましい髭を蓄えた石像は、目を赤く光らせた。
「魔神石像だ!!」
「ちょっと! Bランクに相当する魔法生物じゃない!!」
「は、はうぅ……」
エトヴィン、マリルー、ロザリムは口々に叫ぶ。
見上げるような大きさの石像に、呆気に取られていた。
その間も石像はやってくる。
大きく拳を振り上げると、思いっきりパーティーの中心に叩きつけた。
床が割れ、盛り上がる。
動きが鈍いけど、威力が半端ない。
「ロザリム! 援護をくれ!」
すかさずエトヴィンは走った。
遅れてロザリムは、補助魔法を唱える。
攻撃強化の魔法だ。
「食らえ!!」
獣人の力と、魔法の力。
2つの力が合わさったエトヴィンの斬撃が、振り下ろされた。
カキィン!
高い音を当てて、跳ね返される。
くそ! と悪態を吐きながら撤退した。
そのエトヴィンとスイッチする形で、マリルーが前に出る。
すでに呪文は唱え終わっていた。
【氷槍天撃】!
大きな氷塊を精製すると、石像に叩きつけた。
ガキィン!
これもあっさりと跳ね返されてしまう。
「そんな……。私の最強の魔法攻撃なのに」
マリルーはがっくりと膝を突く。
そんな彼女の前に現れたのは、エトヴィンだった。
「マリルー……。ロザリムとエイスを連れて逃げてくれ!」
「エトヴィン! あんた、何を考えて――」
「俺があいつらを止める」
「ダメよ! あんたも一緒に逃げるのよ」
「逃げるさ。お前たちの無事が確認できてからな」
「そんな……」
「俺は盾騎士だ。仲間を守るのが役目だ」
「エトヴィン……。……絶対! 絶対戻ってきてよ! あんたがいなかったら、喧嘩する相手もいないんだから!」
「喧嘩する相手か。はは……。俺はもっとお前とは別の相手でいたかったけどな」
「何を言っているの?」
「後で合流できたら話すさ。――さあ、行け! 来たぞ!」
魔神石像がエトヴィンに指向を向ける。
ゆっくりと、しかし確実に近付いてきた。
マリルーは目に浮かんだ涙を払い、ロザリムへと走る。
それを見届けると、エトヴィンは盾を構えた。
「さあ、来い! 石像野郎! その髭、削り取ってやる!!」
内なる獣性を解き放つかのように、エトヴィンは吠えた。
瞬間――。
どがしゃぁぁぁぁぁあああああんんん!!
盛大な音が鳴り響いた。
2体の石像が一瞬にしてバラバラになる。
もうもうと粉塵が舞い上がり、空間全体を覆い隠した。
エトヴィン、マリルー、ロザリムが固まる。
何が起こったのかさっぱりわからない様子で、呆然としている。
すると、煙の中で影が揺れた。
ぼくだ。
「エトヴィンさん……じゃなかったエトヴィン、やっつけましたよ」
「え、エイス君? ど、どうやって?」
「どうやってって?」
素手で殴っただけなんだけどな。
思ったより硬くて、ちょっと今手がじんじんしてるけど。
まあ、ドラゴンの鱗に比べたら、パンケーキみたいなもんだよね。
「す、素手って……」
「すごい……」
「はうぅぅぅ……」
『鯨の髭』の人たちは、何か怖がっているようだったけど。
一体どうしたんだろうか?
もしかして、壊したらいけなかったものなのかな。
あ! そうか。
だから、みんな手加減して、攻撃してたんだな。
まずいなあ。ぼく、悪いことしちゃった。
「す、すいません! ぼく、一生働いて返しますから。とりあえず前金として――」
すると、ロザリムがぼくの手を取った。
何故か、その瞳には涙が滲んでいる。
へ? えっと、なに?
「エイス!」
今度は、マリルーが飛び込んできた。
ぼくの首に手を回し、ヒシッと抱きしめる。
ロザリムと同じく、涙を流していた。
「ありがとう! 本当にありがとう!」
「エイス! ありがとう。君のおかげで、俺たち『鯨の髭』はまだ続けられそうだ」
エトヴィンも遠巻きに見ながら、涙を拭っていた。
あれれ? みんなの喜び方が“普通”じゃないんだけど……。
まるで死を覚悟していたのに、奇跡の逆転で生き残れたような顔をしている。
一体これはどういうことなんだろうか?
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よろしくお願いします。
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