プロローグ その村人は「普通」じゃない
新作はじめました!
2018/08/19 一部改稿しました。
2018/08/20 サブタイ変更しました。
気がついたら、見知らぬ荒野を走っていた。
トトトッと足を止める。
辺りは真っ暗で、空を見ると、星が浮かんでいた。
ぼくが住んでいた村の姿はない。
【地形走査】の魔法を使ったけど、ぼく程度では村の位置をマップに表示することはできなかった。
ともかく、かなり遠くへやってきたらしい。
ぼくの名前はエイス・フィガロ。
英雄村の『普通』の村人だ。
村の人間すべて、かつて魔王をワンパンで倒した英雄ジーグルンドの血を受け継いでいる。
そんな村で、ぼくは案内人をやっていた。
「ようこそ。ここは英雄村です」っていう旅人を1番に迎える仕事だ。
けれど、そんな簡単な仕事すら、くびになってしまった。
村のみんなは、その理由を口々にいった。
『お前は満足に文字も書けない』
『薬草の目利きもできないんじゃないか?』
『魔獣退治? この前も、赤ん坊に腕相撲で負けたヤツが何を言ってるんだよ』
聞いていられなかった。
だから、村を飛び出し、1人荒野にぽつんと立っている。
ぐぐぐ……。
急にお腹が空いてきた。
今になって、裏のおばさんが差し入れてくれるドラゴンステーキが恋しくなる。
ふと「村に戻ろうかな」なんて呟いたけど、すぐ雑念を払った。
もう絶対戻りたいくない……。
戻っちゃいけない。
だったら、他の街に行って仕事を探そう。
街を回れば、1つぐらいぼくのような村人でも出来る仕事があるかもしれない。
ぼくは決意し、また歩き出す。
すると、地面が揺れた。
空気もビリビリと震える。
お腹が空きすぎて、幻覚でも見ているのかと思ったけど、違った。
本当に地面が揺れていたのだ。
地震かな、と思った瞬間、真下の地面が盛り上がる。
ぼくは慌てて、そこから避難した。
土煙が上がり、現れたものを見て、ぼくは驚いた。
大木のように太く長い首。
びっしりと貼り付いた岩のような黒鱗。
ぬらりと顎門を開け、赤い瞳を光らせる。
大きな腹を地面に押しつけ、蝙蝠のような大きな翼を、ゆっくりと動かしていた。
開いた顎からは、鋭い牙が見える。
何やら怒っているらしく、ぐるるるるとうなり声を上げていた。
ぼくは巨体を見上げながら、いった。
「随分、大きなトカゲだなあ……」
なんかドラゴンにそっくりだけど、こんなに小さなドラゴンはいないよね。
どっちかというと、トカゲだと思うんだけど、違うかな。
「うごおおおおおおお!!!!」
大トカゲの口内が光る。
すると、いきなり炎を吐いてきた。
紅蓮の炎がぼくを包む。
一瞬にして、火だるまになった。
けど――。
「びっくりした! このトカゲ、火を吹くんだ。ますますドラゴンっぽいな」
ぼくは炎の中から現れる。
近くに燃えていた木の棒を拾った。
ちょうどいい。これを種火にして、焚き火を作ろう。
思い立ったぼくは、大きなトカゲの前で焚き火の準備を始めた。
心なしか大トカゲはプルプルと震えている。
ふんふんと鼻息を荒くし、どうやら怒っているようだ。
すると、今度は大きく勢いを付け、長い尻尾を振るう。
バチィン!!
鞭を地面に叩きつけるような音が響く。
大トカゲの渾身の一撃。
けれど、ぼくは尻尾を掴んでいた。
軽々と……だ。
「ちょうどいいや。君の尻尾でステーキを作ろう。……あ。でも、家に包丁を忘れてきちゃった」
左隣のお姉さんなら、手刀で斬っちゃうけど……。
「あ。そうだ。君の歯を貸してもらうよ」
えいっ、と声を出して、ぼくは尻尾を持ったまま振り回す。
勢いを付けて、大トカゲを頭から大地に叩きつけた。
大きく地面が崩れ、大量の土煙が空に舞った。
大トカゲの赤い目は完全に回っていた。
ぼくは軽快なステップで近づく。
顎門に近づき、口内をのぞき込んだ。
「これでいいかな?」
ブチィン!
歯の中で1番大きく、鋭い歯を選ぶ。
「君、気をつけた方がいいよ。奥歯に虫歯が出来てるから。甘い物を控えるようにしなきゃ」
忠告も忘れない。
ぼくは大トカゲの牙を使って、ほいほいと尻尾を切る。
大きな肉を火にかけ、焼き始めた。
焼き目の付いた肉からは、美味しそうな脂が垂れる。
「いただきまーす! うーん。おいしい!」
初めて食べたけど、美味しいな。
裏のおばさんのドラゴンステーキには遠く及ばないけどね。
うーん。うまいなあ。
もうちょっと食べたいかな。
運動した後だから、余計にお腹が空いちゃった。
ぼくはもう1度、大トカゲの牙を握った。
引きずりながら、ゆっくりと近づく。
意識が回復した大トカゲの瞳は、若干潤んでいた。
こうしてぼくは名前も知らない大トカゲの肉で、空腹を満たすと、さらに東に向かって歩き出した。
◆◇◆◇◆
「なんだ……。これは?」
周辺を治めるレジアス王国の騎士団長マーロイは、自分が見ているものを信じるのに、いささか時間を要した。
北の平原にダークドラゴンが巣くうようになったのは、つい1ヶ月前。
ギルドからの報を聞き、王宮内が震撼したのはいうまでもない。
ダークドラゴンはAランクの魔獣。
その強さは一国の軍隊すらかなわない。
伝説級の強さ、宝武装がなければ、とても倒せる敵ではなかった。
しかも、厄介なことにダークドラゴンは【闇の波動】という特殊スキルを持っている。
これは周辺の土地の生気を吸収するもので、1度吸い上げられると、100年は元に戻らないといわれていた。
早く駆除しなければ、レジアス王国の土地は壊滅的打撃を受ける。
すでに周辺の農地に影響が出始めていた。
絶望することは簡単だった。
だが、マーロイは諦めなかった。
彼もまた伝説級といわれるAランクの騎士。
唯一、ダークドラゴンと対する力を秘めた人間だった。
しかし、彼1人で倒せるかといえば、そう容易いことではない。
彼は1ヶ月の間、あらゆるケースを想定し、200人の精鋭を鍛え上げた。
宝武装級の武具も国に無理をいって揃えさせ、数人に持たせる。
万全の準備をして、ダークドラゴンに挑んだ。
だが、いざ現場に行くと、予想の斜め上をいく光景が広がっていた。
横たわっていたのは、黒い竜鱗を光らせたドラゴンではなく、白骨化した竜の遺骸だったのだ。
調べさせたところ、間違いなくダークドラゴンらしい。
「マーロイ様、実は他にもご報告しなければならないことがありまして」
「な――なんだ!?」
反射的に声が大きくなる。
普段は冷静沈着で、部下から慕われている騎士団長も、想定外の事態に感情の置き場を失っていた。
団長の覇気に戸惑いながら、部下は少し声を上擦らせ報告した。
「じ、実は……。にわかに信じがたいのですが」
「ダークドラゴンが白骨化していること以上に、驚くことがあるのか?」
おいおい、勘弁しろよ――とマーロイは項垂れる。
額に浮かんだ汗を拭った。
「実は、ダークドラゴンの側に焚き火がありまして、その肉の脂と思われる痕跡が見つかりました」
「はあ????」
「しかも、竜の牙を折って、それをナイフ代わりにして斬ったようです」
「そ、それはつまり……ダークドラゴンを食べたヤツがいるということか?」
「はい。しかもローストして……。あと、入念に調べましたが、足跡は1種類しか発見されませんでした」
「馬鹿な! ダークドラゴンだぞ! それを人間がたった1人で倒し、その胃袋に収めたということか!? 普通そんなことできるのか!?」
単純に飲み込めることができる話ではなかった。
王宮に報告すれば、さぞ文官たちの笑いのネタになるだろう。
現場を見ているマーロイすら信じられないのだから仕方がない。
だが、仮に――仮にそんな化け物が、レジアス王国の領内にいるとしたら……。
「はは……。まさかな」
マーロイは鼻で笑い、この件を忘れることにした。
しばらく毎日投稿の予定です。