98.天才とおっさん―8
この世界の在り方を変えるかもしれない、重要な実験の日。
それはコクア城内の魔導実験室にて、王の立会いの下、行われていた。
「これで……スフィアの狭間に接触することが出来るはずです」
床にはびっしりと論理術式が書かれており、その文字列が幾何学的な魔法陣を作り出していた。
多くの魔導の仕組みが複雑に絡み合った、“天才”ユグでしか創れないような魔法。
その中身を正確に理解している者は、この場に多く集まった魔導士の中でも、ユグ以外に誰一人としていないだろう。
「では……魔法陣を起動してみせよ」
王の命令を受け、ライファからユグへ、魔法陣の触媒となる銀の液体が手渡される。
その一滴が、魔法陣の一端に着水した瞬間――銀の液体はまるで命を持ったように魔法陣をなぞり、瞬く間に白い光が輝き始めた。
「おお! これが……っ!」
「本当に、スフィアの門が開くというのか……っ!」
多くの魔導士のどよめきが聞こえる。
想像通り、計算した通りの結果だ。
これで実験は成功だと、ユグは胸の内でその達成感を噛み締める。
そして、魔法陣の上部の空間に、まるで割れたガラスのような亀裂が入った――その瞬間だった。
バシュッ、とまるで噴水のように、鮮血が噴き上がって魔法陣を穢す。
「…………えっ?」
一瞬のことだ。
それを認識できた者は、その場には誰もいなかっただろう。
亀裂の向こうから現れた、黒き獣の巨大な腕。
それが、手近にいた魔導士の上半身を、一瞬で薙いだのだった。




