98.天才とおっさん―3
「そんな怖がらなくてもいいだろう? ショックだなぁ、ボクはキミと仲良くしたくてここまで来たのにさ」
「仲良く……?」
「キミの才能は、ボクが一番良く知っているからね。あれだけ複雑な論理術式をあの速度で組むなんて、並大抵の術者じゃ出来ないことだ」
ユグドラシズは、かつての戦いを引き合いに出して言っているのだろう。
だが、それだけにミルププは恐怖した。
「なんで……お前は、私があの時……!」
「完膚なきまでに叩きのめしたはずなのに。そう言いたいんだろう? “やられたフリ”をしただけなのにさ。まんまと引っかかってくれて嬉しいよ」
ゆっくりと迫り来るユグドラシズ。
だが、その時にはミルププは既に、足元で一つの論理術式を完成させていた。
「来るな……っ!」
暗黒空間から放たれた鎖が、ユグドラシズの手足に絡みつく。
これで完璧に動きを封じた、はずだったのだが――
「へぇ。さすがのスピード、そして正確性だ」
まるで何事もなかったかのように、ユグドラシズの体は漆黒の鎖をすり抜けた。
「えっ、どうしてっ……!?」
目の前の出来事が信じられず、思わず声を漏らすミルププ。
その間に、ユグドラシズはミルププの正面にまで距離を詰めていた。
「大丈夫、恐れないで。キミには、ボクのことを知ってもらう必要がある。そして……ボクと一緒に来るんだ」
ユグドラシズはすっと右腕を差し出すと、ミルププの目を手で覆う。
その瞬間、ミルププの頭の中で白い光が弾け、足元が沈み、世界が沈没したような感覚に襲われた。
「なに、これは――」




