98.天才とおっさん―1
「うん、大丈夫。その理論は確立出来てる……でも、問題はそれを実現出来るかで……」
深夜二時。
コクア城の書物庫にて、少女の声が響いている。
「私なら……たぶん、出来るよ。でもきっと、ちゃんと理解すればおじいちゃんでも記述可能な論理術式だから」
話しているのはミルププだ。
ミルププは相当忙しそうで、左右の手で別々の本のページをめくりながら、椅子の下の羊皮紙には足の指で挟んだペンを使って、記号や文字を書き込み続けている。
書物庫にはミルププ一人の姿しかなかったが、もちろん独り言を呟いているのではなく、アガスフィアにいるネアロと交信をしているのだ。
ネアロには、通信用のミルワームを渡している。
そして毎晩深夜まで、ユグドラシズを倒すための策を練っていたのである。
「そう……だね。今日はそろそろ休むよ。ふぁ……。……あ、そうだ。おじ様は元気にしてる?」
グルゥがヌエツトから巨人の霊薬を持ち帰って以来、ミルププはグルゥに会っていなかった。
アガスフィアで激しい戦いがあったとは聞いていたため、グルゥやキットのことも、ミルププにとっては気がかりだったのだ。
「そうなんだ。それなら良かった……。うん、おやすみなさい」
イモムシを通してだが、デルガドスと直接話し合って以降、ミルププの性格は少しずつ明るくなっていた。
今までどうしても解決できなかった祖父同士、国同士の対立が、グルゥの活躍のおかげで好転し始めている。
そのことが、ずっと重りを付けられていたようなミルププの心を、徐々に軽くしていたのだ。
「さて、と――」
が、広げていた書物に付箋を挟んでページを閉じた瞬間。
背後に人の気配を感じ、ミルププはとっさに振り返る。




