97.異世界勇者・伍とおっさん―4
「それじゃ、早く始めちまえよ」
痩せぎすの男はそう言ってビデオカメラを回し始める。
だが、小太りの男は戸惑い気味だ。
「でも俺、こんなガキじゃあ……」
「うるせぇ、いちいち細けぇ文句言ってんじゃねーよ!! 注射はそこの箱の中に入れてある、分かったら、さっさと終わらせて、俺らもここからずらかるぞ」
痩せぎすの男に強い口調で命令されて、小太りの男は仕方なく、といった様子でカエデに手を伸ばした。
その手が胸元に触れた瞬間に、カエデの中に吐き気を催すような強い憎悪が湧き上がる。
(なんで、なんでだよ。なんで私がこんな目に合わなきゃいけないんだ。マリモが私を嵌めたのか。もしそうなら、絶対に許さない)
涙は出なかった。
ただ、くっきりとした輪郭の憎悪と殺意だけが、カエデの中で渦巻いていた。
「うわー……この子、めちゃめちゃ睨んでくるじゃん。逆に、凄いな、この状況下で」
「嫌がってたヤツが無理矢理、ってのが良いんだよ。売れるぜ、きっとコレ」
小太りの男が、カエデのシャツを力任せに引き裂こうとする。
だが、その時だった――物陰から突然飛び出して来た何かが、小太りの男に体当たりを食らわせた。
「てめぇら、人間の屑みたいなマネしやがってッ!!」
(アキトっ!!)
カエデの呼びかけは、くぐもった声に変わって消える。
だが、それでもアキトは、カエデの言いたかったことは理解出来たらしい。
「わり、みんなで探してて……もう少し、早く来れれば良かった」
振り返ったアキトに、カエデは今まで感じたことがなかったような胸の高鳴りを覚えた。




