96.続・狼煙とおっさん―8
寝かしつけたキットをベッドの上に乗せ、グルゥはそっと毛布をかけてやる。
穏やかな顔で眠るキットが衰弱し始めているなんて、グルゥはまだ信じられない。
(だが……あの時)
ユグドラシズに一矢報いるために力を発現させたキット。
その後、血を吐き苦しそうに呻く姿は、キットの容態が深刻な状態であることを示していた。
(私は、何をしているのだ? サリエラとノニムを救う――そのためには、ユグドラシズを倒すことが必要だと思っていた。だが、もっと大事なことが、見えていなかったんじゃないか)
そもそもグルゥに、世界を救いたいなんて大それた希望は無かったのだ。
ただ、大事なもの、家族を守るために、ここまでがむしゃらに走ってきた。
それが、何の因果で、世界を救うための戦いに巻き込まれてしまったのか。
「少し……疲れたな」
キットの寝顔が見える位置に腰掛けたグルゥは、知らずのうちにそう呟いていた。
今さら逃げ出せないことなんて分かっている。
ノニムの体はユグドラシズに奪われたのだ。
娘の体が世界征服のために悪用されるなんて、そんなこは絶対に認められない。
だが、何かを守ろうとする一方で、守りたい何かが手の中から零れ落ちようとしている。
その事実が――グルゥには耐えられない。
キットを救う方法を探している間に、他のみんなでユグドラシズを倒しておいてくれないか。
そんな他力本願な祈りに、縋りたくなる。
グルゥの心もまた、極限状態にまで追い込まれていたのだ。
「親……父……」
寝息と共にキットが呟く。
グルゥは目を細めると、キットを守るように、そっと隣に身を横たえるのだった。




