10.イカとおっさん―5
「こ、これは……!?」
舌の上に広がったのは、澄み渡るような爽やかな味わいと、ほんのりとアクセントになっている濁りの渋い甘み。
『イルスフィア』で飲んだことのある酒とは全く違う味に、酒嫌いだったグルゥは目を丸くして驚いた。
「な? んめーじゃろ? ニサードの天然水で作った特産品の酒じゃて! トリドリイカをおつまみにコレを一杯、これがニサードの男の夜の嗜みってやっちゃ!!」
「それ以外にもあるじゃろがいッ!!」
「あ、ああ……。も、もちろんカカアの手料理も、最高じゃて」
せっかくいい感じに出来上がっていたのに、ツンナの怒号を受けてカッツォは濡れた野良犬並みのテンションになる。
「む……? た、確かにこの焼き魚も美味い!! そしてトリドリイカの干物、からの酒。これで無限に回すことが出来るぞっ!!」
「あらー、グルゥさんはウチの馬鹿とは違って、紳士的なお方やね! 大したものは作れないけど、量だけならいくらでも出せるから、遠慮せずに言い?」
ツンナの言葉に、グルゥは心が震えるほどの感動を覚えていた。
『アガスフィア』に来てから、目にして来たのは心が寒々するような悲惨な光景ばかりだった。
やはり人間とは非情で狡猾で油断ならない生き物なのだと、そう思い込んでいた節もあった。
しかし――それは自分の偏見だったのだと、グルゥは思い知った。
ニサードに来てから、サリエラはもちろんのこと、カッツォとツンナ。
誰もが優しい心を持っており、この折れた黒角を見ても、嫌な顔一つせずに対等に接してくれるじゃないかと。
「うわっ!? どうしたいきなり泣き出して!? さてはグルゥさん泣き上戸なんか!?」
「馬鹿ねぇ、ワシの料理に感動してるに決まっちょるでしょ。もっともっと腕によりをかけて作っちゃるからな」
すまない、とグルゥは小声で謝る。
次に飲んだ酒の味は、さっきより少しだけしょっぱくなっていた。




