95.狼煙とおっさん―4
「――カエデ、君は逃げろっ!!」
地に倒れ伏すシノカミ。
魔人達に華奢な体を拘束され、絶望の中、シノカミは叫ぶ。
「チートスキルを持たない僕よりも、君はきっと生き抜くことが出来るから――」
どうして。
どうして、僕には何の力も与えられなかったのか。
それはシノカミが異世界に来てから、ずっと考えていたことだった。
だがひとまず、泣きながら去っていくカエデの姿を見ながら、シノカミはホッと一安心する。
(ああ、これでいいんだ。無能力者の僕が、せめて、カエデを守る盾になることが出来た。遅かれ早かれ、僕はこうなる運命だったんだ)
魔人の握り締めた短剣が、無慈悲にシノカミの背中を突いた。
体の奥まで焼け付くような感覚がした。
あまりの痛みに発狂しそうになるが、喉の奥に込み上げてた血のせいで叫ぶことも出来ない。
(どうせ……僕は……元の世界でも、長く生きることなんて、出来なかったんだから……)
原因不明の病に侵され、長く入院生活を続けてきたシノカミ。
そのため、彼の死生観は、他の少年少女達よりも少し歪んで構築されていた。
(ああ、やっと苦しみから解放される。これで僕は、楽になれるんだ)
複数の刃物で滅多刺しにされ、痛みも薄れかけていく中、シノカミは病魔からの解放を素直に受け入れていた。
(もう、これで誰にも迷惑をかけることがない。お父さんや、お母さんにも――)
「なら、みんな死ねばいいのに」
その言葉は、無意識の内にシノカミが発していたものだった。




