94.異世界勇者・参とおっさん―6
「『幸福の薬園』ッ!!」
注射器を取り出したミクは、テントの片隅にいた手のひらサイズの蜘蛛を左手で鷲掴みにすると、その胴体に液体を注入する。
「へぇ? するとどうなるって言うんだい?」
「これが私の力の使い方……禁忌のドーピングッ!!」
ミクは掴んでいた蜘蛛を宙に投げる。
泡を吹き、痙攣していた蜘蛛だが、すぐに挙動がおかしくなり、徐々に巨大化を始めていた。
黒い体毛が派手なピンクのカラーになり、複眼がカラフルなネオンライトのように点滅し始める。
「可愛いでしょ? 死ねッ!!」
それはミクの趣向を反映したクリーチャーだった。
巨大化した蜘蛛はミクに命じられるまま、両足を振り上げてユズに襲い掛かる。
「ふーん、そんな力の使い方もあったんだ。ますます欲しくなったよ、君のチートスキル」
が、ユズが右手を八の字に振った瞬間、蜘蛛の巨体は一瞬でバラバラになった。
「チートスペル“風の絶刃”。でも残念なことに、君は異世界勇者だから……ボクが殺すわけにはいかないんだ」
起き上がったシノカミが、既にミクの眼前にまで迫ってきていた。
他の生物にドーピングしている暇はない。
迫り来る右手に、ミクは絶望的な表情で硬直したが――
「逃げろ、ミクッ!!」
片腕を失ったケンロウが、ミクの前に飛び出していた。
シノカミの右手が、ケンロウの胸板に触れる。




