10.イカとおっさん―4
結果、グルゥの右頬には真っ赤なモミジが、左頬には大きな青痣が出来るという、まさに泣きっ面に蜂の状態になっていた。
「いやー、悪かったのぅ! しかし、あの状態じゃ誰だって勘違いしてしまうべ!」
がっはっは、と豪放磊落に笑いながら酒を飲むのは、サリエラの父であるカッツォである。
「アンタ、その喧嘩っぱやいのいい加減にしとき。余計なトラブルばかりワシに押し付けちょるんやから」
「お、おう。気を付けるようにするさ。……ああ言っちょるが、カカアはオイラの何倍も喧嘩っぱやくて腕っ節が強いんじゃ」
そう言って、カッツォは再び酒をかっくらい、だはははと爆笑した。
後ろからおちょこが飛んできてカッツォの後頭部に直撃したあたり、その言葉に嘘はないのだろうとグルゥは思う。
彼女はカッツォの妻のツンナで、二人とも五十代半ばくらいに見える。
どちらもお人好しというか、人柄の良さが顔に滲み出ている。
静かなニサードの夜。
その中で一番喧しいと思われる晩酌の場に、グルゥは付き合わされていた。
「まあまあ、とりあえず快気祝いじゃ。グルゥさんも一杯やるべさ」
「む……。し、しかし私は」
「なんじゃあ? オイラの酒が飲めねぇっていうんか?」
カッツォは人柄は悪くないものの、酒癖は悪かった。
なんでぶん殴られた上に絡まれなければいけないのだ、とグルゥは憮然とした表情をしていたものの、仕方なく勧められたお猪口を一口舐めてみる。
その瞬間、グルゥの中で世界が変わった。




