94.異世界勇者・参とおっさん―1
その日、何もなかった空に一つの穴が空いた。
その事象はアガスフィアの何処に居ても観測が出来、それは、復興の途中であるサグレスでも同様のことだった。
「おいおい、なんだぁ? ありゃあ……まるで、“あの時”みてぇじゃねーか」
空を見上げながら言ったのは、胡乱げな目をした一人の男。
名をケンロウと云い――かつての勇者戦争の生き残りであり、以前、サグレスにてグルゥと合間見えた男である。
サグレスの崩壊後、アルゴ公の死により従うべき者を失った彼は、ただ成り行きで、そうするのが普通だからという、漠然とした意識のもとサグレスの復興に協力していた。
だが、そんな彼に転機が訪れたのは、混迷が続いていたサグレスに“どんな病も治してしまう”という、奇跡を使う少女が現れたという話を聞いてからだ。
その少女を見た瞬間、ケンロウは言葉を失った。
何故なら、彼女は――元の世界に置いてきたはずの“愛娘”だったからだ。
「パパ……何かあったの?」
街中で足を止めたケンロウに対し、ミクは舌ったらずな口調で問う。
ミクは空に出来た穴のことも認識できていない。
それは、敬愛していた兄・ゲンロクの死を目の当たりにし、精神が錯乱し幼児退行を起こしていたからである。
「いや……何でもないさ。そろそろ、雨が降るかもしれねぇと思ってな。早く戻ろう」
ミクの手を引いて、ケンロウはサグレスのまだガレキの残る地区へと向かっていった。
空は雲一つない晴天だが、ミクは父の言葉に、何の疑問も持たずに従うのだった。




