92.追憶とおっさん―6
シノカミは、まるで子供を諭すような、ゆっくりとした口調で話し始めた。
「それは、誤解だね。僕はただ、少しでも勝算がある方に付くだけだ。そして今のあなたには、その勝算はまるで無くなっている」
「行き場の無い貴様を拾ってやったことを、忘れたというのか……ッ!!」
「それには恩を感じているよ。おかげで僕はユグドラシズ様と直接接触することが出来たし、“勇者戦争”においてアドバンテージを得られたことは確かだ。だけど、僕は――悠長に負け戦を続けていられるほど、馬鹿じゃあない」
シノカミに見限られたことを確信し、ヴラディオは一つの決意をする。
すなわち――シノカミを殺し、その力をドレインすると。
「ならば後悔させてやる……戦局を見誤ったのは、貴様の方だったとなッ!!」
残された力を使い、ヴラディオは影の爪を生やすとシノカミへ跳びかかった。
いくら異世界勇者とはいえ、肉体の力は未成熟な少年だ。
大丈夫だ、負けることはない――そんなヴラディオの目論見は、脆くも崩れ去る。
「『命を刈り取る右手』」
シノカミが、無造作に突き出した右手。
その指先が、ヴラディオの影の爪に触れた瞬間、ヴラディオの指先はまるで砂のようにボロボロと崩れだした。
「な――」
「僕のチートスキルに勝てるわけないだろ。“触れたものを殺す”。それが僕の、『命を刈り取る右手』だ」
全身から生気が抜け落ち、ヴラディオは頭からその場に墜落した。
ブランに続き、再度ドレイン能力を返されているような感覚。
薄れゆく意識の中、ヴラディオは自分を見下ろすシノカミの姿を見ていた。
王を倒したというのに、シノカミは無表情、無感動の様子で、まるで他人の命を奪うことに慣れきっているような様子だ。
(我は……間違っていたと……いうのか……)
トドメを刺すためか、シノカミの右手が、ゆっくりと眼前に迫ってきていた。




