92.追憶とおっさん―5
――ヴラディオが向かった先は、医務室でも武器庫でも、ましてや玉座の間でも無い。
ジルヴァニア城の地下の奥深く。
陽の差し込まない暗い地下室に、その実験場はあった。
「クソッ、クソッ……!! 我が、このような屈辱を受けることなど……ッ!!」
部屋の左右には、薄緑色のカプセルに漬けられた魔人の子供たちが並べられている。
皆、穏やかな表情で目を瞑っており、まるで胎内で寝る赤子のようだった。
だが、それらには目もくれず、ヴラディオは部屋の一番奥へ真っ直ぐ向かっていく。
「…………なんだとッ!?」
そこには、カプセルが割れ薄緑色の液体が流れ出した、空になった器だけがあった。
それが目的だったのだろう――ヴラディオは怒りでわなわなと震え出し、部屋の中を見回した。
「ユグドラシズッ!! 貴様、“完成品”に手を付けたなッ!? 我の許可もなく、勝手にッ!!」
「おやおや。手を付けようとしたのは、そっちだろ?」
その声は、部屋の入り口――もっとも手前のカプセルの後ろから聞こえてきた。
姿を現したのは、ユグドラシズではない。
黒髪の、どこか病弱な感じがする、華奢な体格の少年だった。
「ユグドラシズ様の命令で、中身は既に避難させてもらったよ」
「何ィ……ッ!? 謀ったな、小童めがッ!!」
「だから、先に約束を破ろうとしたのはそっちだろ、って……。まあ、もう何を言っても聞いてくれないか」
やれやれと肩を竦める少年。
コケにするような態度に、ヴラディオは激昂した。
「我よりもユグドラシズに付くというのか、シノカミッ……!!」
少年の名は、シノカミユウ。
異世界勇者として転移してきた少年少女の内の、一人である。




