92.追憶とおっさん―4
「どうしても、行くのかぁ……?」
「ああ。我には、やらねばならぬことがあるのだ。そのために、お前との子が欲しかった」
それは珍しく雪が止み、穏やかな日差しが注ぐ朝のことだった。
布で包んだ赤子を抱いたヴラディオは、山小屋の前に立っていた。
「サリーメイア……元気に育ってくれるといいだ。なぁ……?」
「無論だ。この子は、我が責任を持って育てる……絶対に、だ」
すやすやと眠るサリーメイアを見るヴラディオの目は、優しい父の目になっていた。
それを見て、ルッタはヴラディオのことを、信じてみようと思った。
「私は、守り人だから……この地から離れることは出来ないだ」
「それは、我も同じことだ。我にも、絶対に成し遂げなければならない使命があるため、元の地に戻らなければならない」
「だけど、もし、もし、それが叶ったなら……またいつか、サリーメイアと一緒にここに来て欲しいだ」
涙混じりに懇願したルッタを見て――ヴラディオはその細身を抱き寄せ、頭に手を置いた。
「お前の望み、聞き入れたぞ……ゲシュリカ」
初めて呼ばれた、自らの名前。
くすぐったくなる様な感覚に、ルッタは何も言えなくなる。
「それでは、な。養生して暮らせよ」
去り行くヴラディオと、サリーメイア。
その背中が小さくなっていくのを見ながら、ルッタは自分の目からボロボロと涙が零れているのに気が付いた。
「あ……。なん、だぁ…………?」
何度拭っても止まらない涙。
そこで、ルッタは初めて気が付いた。
恋をしていた。
これが、初恋だったのだと。




