92.追憶とおっさん―3
「…………戻ったぞ」
ぶっきらぼうに言ったヴラディオを、ルッタは満面の笑みで振り返った。
「ちょうど良かった、美味しいスープを作ったところだぁよ」
「お前の言う美味しいは…………いや、これ以上は何も言うまい」
パンパンに膨れるまで物を詰め込んだ背負い袋を、ヴラディオは床に置いた。
その中には肉や野菜、調味料など、大量の“食”に関わるものが詰め込まれている。
「ん? 文句あるんか?」
「だから、何を言わないと言っただろ……っ! お前の味覚は、少しずれているのだ。ずっと雪山で暮らしていたのだから、しょうがないといえばしょうがないが……少し、台所を貸してみろ」
ヴラディオが作る料理は、焼いた肉に塩胡椒を振っただけのもの、切らないまま丸茹でした野菜のサラダなど、料理経験が全くないことが分かるような酷い出来の代物だった。
だが、それでも凍土の中から拾った種のサラダや、動物の骨の出汁のスープなど、ルッタが作る料理に比べれば幾分マシだと言える。
「わぁ、今日はごちそうだぁ」
「少しは栄養の付くものを食べないと、子の成長に悪かろう」
お腹が膨らみ始めてからというもの、ヴラディオは特に優しくなって、それがルッタには嬉しかった。
鼻歌混じりに料理を配膳しようとして――自分の足に躓いて転びろうになる。
「うわぁっ!?」
ガシャンと音を立て、床に転がる焼肉の皿。
すんでのところで、ヴラディオはルッタの体を支えていた。
「ご、ごめんなさいだ……せっかく、作ってくれたのに」
「馬鹿者が。料理の心配なぞより、母体の心配をせぬか。貴様は、我の希望なのだぞ」
ヴラディオの歯に衣を着せぬ言い方に、ルッタの顔が真っ赤になる。
だが、そんな幸せな日々は、期限付きの出来事だった。




