92.追憶とおっさん―2
――それは、ほんの数メートル先も見えないような、豪雪の夜のこと。
守り人としての使命を果たすため、山小屋に籠っての暮らしをしていたルッタは、扉を乱暴に叩く音で目を覚ました。
「誰……だぁ…………?」
こんな夜中、しかも悪天候の日である。
山に迷い込んだ旅人が、命からがらここまでやって来たのかもしれない――そう思ったルッタは、警戒することもなく、山小屋の入り口の扉を開けたのだった。
だが、そこに居たのは――
「貴様……我と子を作れ」
上半身裸の、筋骨隆々とした大男である。
ルッタが悲鳴をあげる暇もなく、男は山小屋に押し入り、ルッタを床の上に押し倒していく。
「なっ、やぁっ……!?」
「恐れることはない……我は、貴様との子を成したいだけなのだ。貴様を傷つけるようなことはしない。ただ、我に抱かれれば良い」
矛盾したような男の言葉だが、何故かルッタには、それが正しい言葉のように思えた。
それは、男の眼差しが、嗜虐でも劣情でもなく、何か強い使命感を帯びていることに気付いたからだろう。
「凍えるような雪の中だったのに……あったかいだ……」
男の分厚い胸板に手を添えると、生命を主張するような強い鼓動が伝わってくるのを、ルッタは感じた。
意を決したルッタは、男の股座に足を掛けると、体を反転させ器用に上下を逆転させた。
「なッ!? 貴様――」
「これでも私は、『アスモデウス』の魔人だぁよ……こういうことは、私の方が得意なんだぁ」
組み伏せられた男はすぐにマウントを取り返そうとしたが、ルッタの目に射竦められた途端、体が痺れて動かなくなった。
ルッタは舌なめずりをすると、男に体を重ねていく。
――これが、ルッタとヴラディオの出会いだった。




