90.禁忌とおっさん―9
「いやぁっ!!」
はためかせた翼で、サリエラの華奢な体が吹き飛ばされる。
ヴラディオは牙を剥き出しにし、倒れたサリエラに威嚇するように睨みを利かせた。
「少し……お仕置きが必要なようだな。お前は外に出て、自らの本分を忘れてしまった」
「そんな、もの……あなたが勝手に決めたことでしょう!? 私は、あなたの人形じゃない……!! 私にとって……いえ、私とお兄様にとって、本当に必要なのは、お父様のような温かい心を持つ人だった……っ!!」
「なるほど、反抗期というのが……こういうものなのか? 少し待っていろ、二度とそのような口の利き方が出来ないよう、後で存分に折檻してやる」
サリエラは自身の周囲に氷の刃を浮かせたが、それを放つよりも早く、ヴラディオの影が伸びてサリエラの体を拘束した。
体にめり込むような、影の縄による強い締め付けに、サリエラは悲鳴をあげる。
「お父様……っ! 私は、お父様を信じますっ。だから、負けないで……っ!!」
(駄目だ。駄目なんだ、サリエラ。もう、私は、以前の私ではない……っ!)
サリエラの言葉に答えられないことを、グルゥは心の底から悔やんでいた。
ヴラディオは、グルゥの熱球を抉り出そうと、再び胸の中心に照準を定めている。
「まずはお前からだ、グルゥ。なに……お前の命は、サリエラの中で生きることになる。安心して眠ってくれ」
そしてついに――ヴラディオの腕が、グルゥの胸に突き立てられる。
以前のドレインと違い、グルゥの内側に潜り込もうとする攻撃ではない。
ただ単純に、熱球をぶち破ろうとする動きだ。
ドレインからの反撃を受けたヴラディオの、同じ手は食わないという考えでもあったが。
(駄目だ、やはり……もう、力を抑えられない……ッ!!)
グルゥの意思と反するように、危機を察知した熱球が、その温度を上げていく。
そして、自らの体温の上昇に耐えられなくなったグルゥは、ついにこれまで行わなかった禁忌――魔獣化を果たしてしまった。




