90.禁忌とおっさん―4
瞬きすら許されない一瞬の出来事だ。
黒い風を身に纏ったヴラディオは、即座にグルゥの後ろに回り込む。
得物を持たず丸腰のヴラディオであるが、刹那、右手の爪が鋭く伸び、それは凶器と化した。
「危ねぇ、後ろだッ!!」
「死ねィ!!」
ヴァングリフの叫びとヴラディオの気迫が交差する。
だがグルゥも、ヴラディオが死角から襲ってくることは想定済みだ。
「がぁッ!!」
姿勢を低くし、身を翻すグルゥ。
首を刎ねようとしたヴラディオの手刀は空を切った。
振り向き様、グルゥの裏拳がヴラディオを捉えようとしたが、
「ぐあっ!?」
路面に伸びるヴラディオの影から、無数の黒い槍が生み出され、次々とグルゥの体に突き刺さっていく。
ほんの一秒、テンポを崩され、グルゥの拳も命中には至らなかった。
「…………ふむ」
グルゥを仕留める格好のチャンスに思えたが――ヴラディオは追撃は行わなかった。
あえて距離を取ると、その顔にべったりとついた血を、右手で拭う。
「貴様も、少しは戦い方というものを覚えてきたようだな」
それはグルゥの血だった。
グルゥの裏拳の目的は、ヴラディオに命中させることはでなく、その目に血を浴びせ目くらましを行うことだったのだ。




