90.禁忌とおっさん―3
「『アスモデウス』は別名“サキュバス”とも呼ばれる、“色欲”を原動力とする魔人だ。そして『ヴァンパイア』は、他者の血を吸い取ることで力を得る種族よ。つまり我は、この娘が愛した者の、血と精を与えることが出来れば、新たな種族『サキュパイア』としての覚醒に至るのではと考えたのだ」
「以前から行っていた覚醒実験は……初めから、私を誘き出すことが目的だったわけだ」
「思い上がるな、下等種族めが。結果として、サリーメイアが目をつけたのが貴様だっただけのこと。血と精が採取できれば、貴様はもう用済みなのだ。父として、これ以上サリーメイアを貴様に穢されるのは、我慢ならん」
目的を達成したヴラディオは、ついにその感情を隠すことなく、グルゥに対して強い殺意を剥き出しにした。
サリエラは呆然として、己の体に起きた異変にまだ戸惑っているようだ。
「お父……様……? 私、私はいったい、どうすれば…………?」
「安心せい、サリーメイア。貴様を穢したその男は、我がこの場で塵も残さず始末してやる」
サリエラが問いかけた“お父様”が、いったいどちらの男を指していたのか。
それを知る術は無いが、グルゥは一つだけ、心に決めていることがあった。
「悪かった、サリエラ。事情はどうあれ、私が君を穢したことは事実だ」
「そんな、お父様っ、私は――」
「だが、私は……娘に“殺して”、なんて言葉を言わせるような男を、決して“父親”として認めるつもりはない」
バルコニー上のヴラディオを、キッと睨みつけるグルゥ。
ヴラディオは蝙蝠の羽のような両翼をはためかせると、ふわりと地上に降り立ってみせる。
「下等種族が……サリーメイアに選ばれたからといって、調子に乗るでないぞ」
「サリエラをお前に返すつもりはない。一緒に旅をした私にとって、サリエラは間違いなく――」
グルゥはボロボロの拳を握り締め戦闘体勢を作った。
「私の娘だ」




