90.禁忌とおっさん―1
グルゥらの動きを、城内から観察する者がいた。
「ここまでお膳立てして、やっと……とはねぇ」
その顔は、深く被ったフードによってはっきりとは見えない。
あどけなさすらある声色は、国の命運を賭けた戦いの場には、些か不釣合いであるように思えた。
「ま、いっか。だいたい計画通りに事は進んでるし……“魔神の顕現”までは、あと一歩ってところかな――」
弾むような声で独りごちたその者に、一条の光が突き刺さる。
「…………へぇ、ちょっとは、やるようになったみたいじゃん」
とっさに生み出した力場の歪み。
光の矢の気道を逸らしたことによって、何とか直撃を避けることは出来た。
だが、矢はフードの脇を掠め、白い肌からつうっと一筋の血が滴り落ちる様子が見える。
「あなたの企みもここまでよ……ユグドラシズッ!!」
『魔弾の射手』を携えたマリモが、しっかりとその照準を、大賢者“ユグドラシズ”に合わせていた。
その前には、いつでもマリモを守る剣になれるよう、『焔殺剣』を構えたカエデもいる。
「お前が始めた下らない“勇者戦争”も、ゲームマスターであるお前自身を倒せば終わるんだろ」
「ふーん……敵対していた勇者同士が、こうして力を合わせてボクに立ちはだかるなんてね。なかなか、熱い展開じゃない?」
カエデの怒りをいなすように、飄々とした態度で受け流すユグドラシズ。
その両手には、力場の歪みを結集させたような、黒い球体が浮かんでいた。
「しょうがないなぁ。このままじゃせっかくの歴史的瞬間を見逃しちゃいそうだし……相手してやるよ」
フードの下から覗く口元は、この状況が愉しくて仕方ないといった様子で、無邪気に笑っていた。




