89.王女とおっさん―9
「ああっ、いやぁっ!?」
己が扱う氷よりも遥かに強大な炎に巻かれ、サリエラは悲鳴をあげた。
バルコニー上のヴラディオの片眉が、ピクリと僅かに動く。
「チ……所詮は、不完全な覚醒か」
炎の中のサリエラは、熱に抗うべく必死に氷のシールドを展開するが、それは生まれた側から溶けていった。
やがて呼吸も出来なくなり、膝をついて崩れ落ちたサリエラ。
そのサリエラを、グルゥは自ら炎の中に飛び込んで、救い出していく。
「あ……う…………っ」
サリエラは体のあちこちに酷い火傷を負っており、意識も朦朧としていた。
衣装は焼け落ち、ほぼ裸になったサリエラの華奢な体を、グルゥは必死に抱き締める。
「すまない、サリエラ……っ!! 今の私では、こうするしかなかった……!!」
グルゥの呼びかけに、サリエラはうっすらと瞼を開け、微笑んだ。
だが、元々過剰に魔力を消費していたのに加え、今の重傷だ。
意識は朦朧としていて、くっついた体から伝わってくる心臓の鼓動も、弱々しいものに感じられた。
「あ、りが…………と……」
サリエラは黒く煤けた細い腕を伸ばすと、グルゥの頬に手を当てる。
「これ、で……じ、ゆう、に…………」
「駄目だ、サリエラッ!! 私は、君の望みを叶えるために傷つけたわけじゃ、ないッ」
グルゥの呼びかけも空しく。
まるで糸が切れたように、グルゥの頬に添えられた腕が、力を失ってだらんと落ちていく。
もはや、躊躇している余裕は無かった。




