89.王女とおっさん―7
「愚かだ。実に愚かなり。もういいサリーメイア……興醒めだ、さっさとその男を殺してしまえ」
ヴラディオの言葉を受けて、サリエラの動きが止まった。
空中に氷剣を放り投げると――その刀身に、宙に浮いた氷の粒が次々とくっついていき、太さが増していく。
「こ、ろ――」
完成したのは、極大の氷柱だった。
優に直径二メートルはあるその氷柱が突き刺されば、いかに頑強な体を持つ『サタン』といえども、全身がバラバラに砕けるだろう。
「おい、まずいぞ……グルゥおじさんっ!!」
戦いの行く末を見ていたヴァングリフの表情にも、焦りの色が浮かんでいた。
「どういうつもりか知らねぇが……ここまで来て、無抵抗で嬲り殺されるってのはねぇだろっ!! 割り切って、反撃しろよっ!!」
ヴァングリフの下半身は氷漬けにされたままだ。
グルゥの援護には間に合わないだろう。
膝をついたままのグルゥは、殺戮の人形と成り果てたサリエラにどう向き合えばいいか、まだ考えあぐねていた。
(サリエラを傷つけずに助けるには……どうすれば……)
「殺、し――」
サリエラの頭上に掲げられた氷柱。
いや、それはもはや氷槌と言うべき、巨大な凶器へと変貌していた。
「殺し、て」
その言葉を聞いた瞬間、グルゥは何かが弾けたように、ハッと顔を上げ、立ち上がった。




