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89.王女とおっさん―1

 惨劇の幕開けは、恐ろしいほど呆気ないものだった。

 多くの市民は、そもそもその“異変”が起きたことすら気が付いていなかっただろう。


 戴冠式が始まり、中央広場が見渡せるジルヴァニア城のバルコニーに現れたサリエラ。

 その姿に、民衆は違和感を覚える。


 薄い羽衣のような衣装を身に纏い、豪華な装飾品を身に付けた姿は、麗しき姫だ。

 だが、その顔は上気し、焦点の定まらない目は虚空を見つめている。


 明らかに様子がおかしい。

 民衆の間では、異様とも思えるサリエラの姿を目の当たりにし、どよめきが起きていた。


 だが、王の座に足を組んで座るヴラディオは、平然とした態度でサリエラを手招く。

 その命令通りにバルコニーの中央にまで進み行くサリエラ――“異変”の始まりは、その直後だった。


「ああっ!?」


 誰の声かも分からない、ただ民衆の中からは、悲鳴にも似た叫びが上がっていた。

 ヴラディオが、自身の目の前に立たせたサリエラのドレスを、片手で引っぺがしたのだった。


 露わになる、白く透き通ったサリエラの淡雪のような肌。

 生まれたままの姿を民衆の前に晒したサリエラは、頬を紅潮させ、両腕で自らの体を覆うようにしてしゃがみ込んだ。


 いったい、何が起きたというのか。

 民衆はまだ、目の前で行われている異常事態を飲み込めずに動揺している。


「はぁっ、はぁっ、はぁっ…………!!」


 呼吸を荒げたサリエラは、極限まで高まったその力の源を――解放せずにはいられなかった。


「いやっ、いやっ、こんなの、もう……いやああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!」


 絶叫と共に――サリエラから放たれたのは、万物の動きを停止させる凍て付く波動である。

 溢れ出る魔力は止まることを知らず、迸る感情に任せたまま、サリエラは視界の全てを凍らせたのだった。

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