88.炎と水とおっさん―4
「それどころじゃないだろ、お前……っ!」
「それどころ、なんだよおぉ……ッ!! この私が、こんなヤツに、舐められたまま終わって溜まるか……ッ!!」
その執念に、グルゥは背中が寒くなるのを感じる。
実はリーヴスの指摘は当たっていた。
酸素は補充できるようになったものの、槍の一撃により多くの血が流れ出している。
それはつまり、体内を巡る酸素の量は、変わらず少ないままだということ。
膝をついたまま、未だに立ち上がることが出来ないのはそのためである。
もしも、このままエルゼシュトとの戦いになったら――グルゥの悪い予感は的中した。
「リーヴス、お前が、そこまで言うなら……っ!!」
フラムリッターを構えたエルゼシュトが、一歩、また一歩と近付いてくる。
それはそのまま、グルゥへの死刑宣告を意味していた。
(だ、駄目だ。まだ動くことは出来ないし、これ以上熱を生むことも不可能だ。このままでは……っ!)
フラムリッターの斬撃が、自身にとって致命的な一撃になることは身を持って理解している。
このまま、為す術もなく斬り捨てられるのかとグルゥが覚悟した――その時だった。
「その選択は、周りが見えてないんじゃないのか? 若い騎士さん達よぉ」
その声は、グルゥのものではない。
もう一人の、『サタン』の声だった。
「なん……だと……っ!?」
「ま、周りが見えてなくてこっちは大助かりだったけどな。大仰なスモークを焚いて、もう少し視野を広げた方が良かったんじゃねぇか?」
大剣を携え現れたのはヴァングリフだった。
グルゥを目が合ったヴァングリフは、どうだ、とでも言いたげにニッと笑ってみせた。
「遅すぎるぞ、王子……っ!!」
「グルゥおじさんが早すぎるんだよ。アホみたいなスピードで進軍しやがって」
ヴァングリフの皮肉めいた言葉も、今は心地の良いものに感じられた。




