86.無双とおっさん―1
異変は“内側”から始まった。
「なんだ、あれ?」
ジルヴァニアを囲う城壁の外で警邏にあたっていた兵士が、ふと空を見上げて呟いた。
その言葉に、つられてもう一人の兵士も振り返って空を仰ぐ。
「青い……光?」
時刻は午前十時を回った頃。
スケジュールでは、今頃ジルヴァニア城前の広場にて、正式な王位の継承者となるサリーメイア姫の戴冠式が行われているはずだ。
「なんか、出し物の一つなのかね」
「さあ……にしても、こんなところまで光が漏れてくるとは、どんな仕掛けなんだ? 真昼間だぞ」
まるで光線のように、幾重にも重なった青い光が、城壁を越えて空へと昇っていた。
「しかし、ブラン様ではなく、サリーメイア姫が次の王になるとはな」
「仕方ないだろう。ブラン様には魔法の才能がなかったんだ。ヴラディオ様に認められることは出来なかったんだろう」
不可思議な現象の観測にも飽きた二人の兵士は、広がる平野の方に向き直り、他愛もない話を始めた。
ジルヴァニア王国は最強の国家。
攻め入る国などあるはずがない。
そんな慢心が、二人に“外側”の異変を気付かせるのを遅らせた。
「赤い光か……? 今度は」
まるで火の玉のような小さな点が、遥か向こう、地平線の先に浮かんでいるのが見えた。
たった一人の進軍に対し、ジルヴァニアの擁する王国軍が総力戦を挑む――十分前の出来事である。




