85.終・巨人とおっさん―5
『やっと分かった? 思い出した? 俺の存在意義をさ』
少年のシルエットが、ノイズでもかかったように、黒い靄を纏って曖昧になっていく。
そしてそれは、やがて一つの大きな魔獣の姿へと変貌していく。
“憤怒”の化身のような、怒り狂う一匹の猛牛の姿へと。
『そうだ、受け入れろよ。俺の力を頼ってここまで来たんだろ? ……もう全部、俺に委ねるんだ』
冷たい死の輪郭が、魔獣のシルエットに触れられた瞬間に、業火で沸騰するような地獄の苦しみへと変わっていった。
その痛みに、グルゥは声にならない雄叫びをあげて、発狂する。
本能で分かっていた。
この言葉に乗ってはいけない。
全ては自分を利用するための誘いなのだと。
だが、死の淵へと落ちていたグルゥには抗う力すら残っておらず、ただ“憤怒”に身を焼かれることしか出来なかった。
『顕現せよ。貴様は、其の為の柱となるのだ』
それはもはや少年の声ではなく、しわがれた老人のような、獣の唸り声のような、醜く潰れた声だ。
そしてグルゥは理解していた。
全ては仕組まれていたことだ。
いつかこうなることを、“それ”はずっと待ち望んでいたのだと。
(ああ、駄目だ、駄目なんだ。私の心――いや、私という存在の脆さを、巨人は認識していた。それなのに、私は――)
全てが燃える。
辛く悲しい思い出も、甘やかな安らぎの思い出さえも、全てが“憤怒”に燃やされていく。
だが、始まってしまったその出来事に、グルゥは何一つ抵抗することが出来なかったのだ。




