85.終・巨人とおっさん―4
少年のシルエットはグルゥへすっと手を伸ばす。
『すっとぼけんなよ。嫌なことばかり俺に押し付けてさ。いつまで忘れたフリをしてるつもりだ?』
(忘れた……フリ?)
その言葉にグルゥは必死に記憶を駆け巡らせた。
(なんだ? 何のことを言っている?)
グルゥの記憶は過去へと遡っていく。
アキトへの復讐を果たしたこと。
“黒き炎”の暴走によりサグレスを火の海に変えたこと。
目の前で娘を殺されかけたこと。
生まれた村を感情に任せ破壊しかけたこと。
出来ることなら思い出したくもない、辛いことばかりの過去だった。
だが、それでも少年が何を指して言っているのか、今のグルゥにはまだ理解出来ない。
『ばーか。もっとだ、もっと遡れよ』
(さらに遡れだと? そんなのもう、物心が付く前の記憶しか――)
一瞬、頭の奥で火花が散ったような気がした。
フラッシュバックする記憶。
いや、それはもはや、記憶と呼んでいいものかも分からないようなものだ。
遥か昔――まだこの世界の道理の一つも分かっていない頃に、“それ”と確かに出会っていた気がする。
荒れ狂う憤怒の塊。
実体すら見えない、濃すぎる感情の黒い靄を纏った“それ”は、確かにグルゥに力を与えたのだ。
ただしその代償として――生まれながらに許容量を遥かに超えた“憤怒”を抱かされたグルゥの心は――言うまでもなく壊れていた。




