83.願いとおっさん―6
――コクアの城内には、固く閉ざされた暗室がある。
そこに入るための鍵を持っているのは、ネアロと、ヴァングリフの二人だけだ。
「ネプティア……ミルププは、強くなって帰って来たよ」
暗室の中で膝をつき、一人、祈りを捧げるように両手を組んだヴァングリフ。
目の前に座っているのは、美しい長髪の『ベルゼブブ』の――結晶像だ。
「いつか君にも見せたい……ミルププは、君に似てとても綺麗な子になった。髪の色だけは、俺譲りかな。最初はおっかなびっくり話してたのに、今ではすっかり生意気な口を利くようになって……それが嬉しい」
まるで報告をするように、ヴァングリフは訥々と結晶像に語りかける。
結晶像は、それに対して何も言葉を返すことはない。
美しい調度品のようにしか見えないが、それは確かに、かつて生きていたもの――いや、今も生きている、ヴァングリフの愛する妻の姿だった。
「やはり、君の言葉には反応を示すようだ。魔力の波動が、君の声に応じて微かに揺れ動くのを感じるよ」
後から暗室に入って来たのはネアロだった。
ヴァングリフは少し気恥ずかしそうに、鼻の下を擦りながら振り返る。
「ネプティアは、我が『ベルゼブブ』の中でも特に強大な魔力を持つ者だった。だが、それ故に、“コクアの呪い”の影響も強く受けてしまったのだ」
ネアロの言葉に、ヴァングリフは静かに頷いた。
“コクアの呪い”。
それは、『ベルゼブブ』、それも王都コクアに住む者に多く見られる、全身が結晶となって硬化する結晶病のことである。
一般的には、コクアの地には魔力を高める代わりに人体に影響を与える、危険なフォルが埋まっているせいだと言われているが――それは、当たらずとも遠からずである。




