82.遺恨とおっさん―9
その衝撃に、爆発のような風が巻き起こった。
玉座の壁の一部に、ピシリ、と一筋のヒビが入る。
デルガドスが息子に対して放った一撃を、魔獣化したグルゥが、受け止めたのだ。
「……どういうつもりだ?」
鬼の形相をしたデルガドスが、低い唸り声をあげ、威嚇しながらグルゥに問う。
ヴァングリフを見殺しに出来ないグルゥも、退くわけにはいかなかった。
「もう、お止めください……! これでは、あまりにも王子が可哀想すぎる……っ」
「可哀想? そんな陳腐な情に流されて、王の座が務まるか――」
グルゥの言葉に、デルガドスが激昂しかけた瞬間。
デルガドスは異変を感じ、ハッとしてグルゥから飛び退いた。
グルゥに受け止められた右の拳が、真っ黒に焦げていたのだ。
「この力……まさか――」
デルガドスがある考えに至った時だった。
一瞬の隙をついて、満身創痍のヴァングリフは、床を這って逃げ出そうとする。
「待てぃ、貴様ッ!!」
「ぐ、うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
追いかけようとしたデルガドスの腰にグルゥは必死に追い縋り、玉座の間を飛び出したヴァングリフを見送った。
この後、どんな仕打ちを受けたとしても構わない。
ただ、赤ん坊のミルププの前で、父親が殺されるようなことだけは、絶対に受け入れるわけにはいかなかった。
「貴様、放せッ!!」
デルガドスに片腕で抱えられた上グルゥは、そのまま壁に叩きつけられ気絶する。
だが、その壁にも真っ黒な焦げ跡が、グルゥの形通りに残っていた。
「やはり……抑えていた力の、発現が……?」
グルゥに捕まえられた腰にも、酷い火傷の跡が出来ていることにデルガドスは驚嘆する。
玉座の間には、赤ん坊の激しい泣き声だけが響いていた。




