81.交渉とおっさん―4
それからヴァングリフは、倒れているグルゥを指差した。
「本来の目的は、コイツを連れ戻すことだ」
「連れ戻す? ……どういうことじゃ?」
「実はグルゥとは、内々に協力関係を結んでいてな。暴走した駒と戦いをおっぱじめたから、俺が慌てて迎えに来たってわけよ」
とっさの嘘に、ルキは訝しげな表情を浮かべた。
それまで黙って話を聞いていたキットも、それは聞き逃せないと声をあげようとしたが、
「待って。ここはボクに任せてよ」
後ろからミノンに口を塞がれて、もごもごと声にならない言葉を発した。
ミノンは、何かを深く思案するように静かに瞼を閉じると、覚悟を決めたように目を開け前に進み出る。
「そういうことだったんですね。突然の襲撃で、ボクらも驚いていたんです」
突然、訳知り顔で会話に入ってきたミノンに、ヴァングリフは驚いて目を丸くした。
「な、なんだコイツ――」
「この状況を、穏便に済ませたいんでしょう」
ルキに背を向け、唇の動きを読まれないようにしながら、ミノンはそう小声で呟く。
(ミルププの友達は傷つけないと言ったこと。そして、イルスウォードの一員であるという発言。恐らくは、この男の側にミルププは居る。そしてミルププは、イルスウォードの本拠地に潜り込んでいるはずなんだ)
とすれば、少なくともこの男は自分達に危害を加えることはないだろうという、ミノンの推測だった。
もちろん、今までの経緯を考えればかなりのリスクがある行動だが――このままルキとの交渉が決裂すれば、更なる被害が生まれ、グルゥもそのまま連れ去られる可能性がある。
(魔獣化の力を持つこの男に勝てる可能性は、万に一つも無いんだ)
苦渋の決断だったが、ヴァングリフはミノンが働かせた機転に気が付いて、ヒュウと口笛を吹いた。
そして、二人はグルゥと共に、言われるがままヴァングリフに同行し、イルスフィアへと向かっていったのである。




