81.交渉とおっさん―3
ヴァングリフは両手を広げ、悠々と話し出す。
「どうやら、訓練されすぎたのが仇になったみたいだな。これだけの精鋭ならすぐに分かっちまったはずだ。“自分じゃあこの男には勝てない”、ってな」
「じゃが、それでも妾の命令一つで我が兵はお主の喉元に喰らいつくぞ」
「そんなことのために、お前は兵の命を無駄にしたりはしない。お前の言葉に一切疑いを持たない、兵達が信頼している様子を見れば一目瞭然のことだ」
ルキは相当不満げな様子だったが、ひとまず、掲げていた扇を下ろした。
ほっとしたように、鬼達の臨戦態勢が解かれる。
「まあ、今回のことは大目に見てくれよ。本来はコントロール出来ていたはずの駒が、不慮の事故によって暴走しちまったんだ。俺ら“イルスウォード”に、お前らと争う意思はねぇ」
「事故の一言で、この犠牲を飲み込めというのか? そんな戯けたことを言うのであれば――」
「おっと、勘違いするなよ? 争う意思は無いと言ったが、降りかかる火の粉を払わないつもりもねぇ。そっちがその気なら、俺は今以上の打撃をこの村に与えられるってことだ」
脅しにも近いヴァングリフの言葉だが、これ以上の水掛け論は時間の無駄だと、ルキも判断した。
「ならば……即刻この地を立ち去るのじゃ。さすれば、妾も無益な戦いは起こさぬぞ」
「へへ、賢い姫様に仕えられて、民もさぞ幸せなことだと思うぜ。それで、本来の俺の目的なんだが――」
ヴァングリフは周囲に視線を走らせたが、探しているものは見つからなかった。
その気配に不穏な空気を感じたルキは、兵達を向かわせるか、再度、熟慮を始めようとする。
「ちっ、欲張りは身を滅ぼすか」
誰にも聞こえないように、ヴァングリフは小声で愚痴を漏らした。




