80.捕虜とおっさん―1
ヌエツト城の一室にて、グルゥは頭を抱えていた。
「うーむ……合わん……何度計算しても銅貨一枚分だけ合わん……」
机の上に置かれた帳簿を前に、うんうんと唸り続けるグルゥ。
計算を始めてから、既に一時間は経っただろうか。
気分転換にカップの上のコーヒーに手を伸ばした、その時だ。
「おーっす! グルゥおじさん!」
「どわっ!?」
いきなり後ろからバシンと背中を叩かれて、グルゥはカップを取り落としそうになった。
注がれたコーヒーが帳簿の上に零れるのを、ギリギリのバランス感覚で耐える。
「な、何をするんですか!? 王子っ!」
「何って……挨拶だよ、挨拶。ヌエツトの男の挨拶は豪快に行かなきゃな」
悪びれる素振りも見せずソファーに腰掛けたのは、銀髪と太い白角が印象的な美青年――ヌエツトの王子の一人である、ヴァングリフだった。
「机に向かって、ちまちまと作業なんてしてんなって。ちょっと外で体でも動かそうぜ、グルゥおじさん」
「王子の目からはそう見えるかもしれませんが、経理だって立派な仕事なんですよ……。それにおじさんと言うのはやめてください、私はまだ二十歳です、王子と七つしか離れていません」
「その見た目でそんなこと言うなって、メイドのおばさんなんて、グルゥおじさんのことを四十歳くらいだと思ってたみたいだぜ」
ガクリと落胆するグルゥ。
グルゥは老け顔だった。




