79.鬼とおっさん・怒―9
そこには、魔獣化を解除した半裸のヴァングリフの姿があった。
体躯こそ自分より僅かに小柄なものの、無駄な脂肪のないくっきりとした陰影の筋肉や、精悍さを感じさせる肌のはり。
若さには勝てない――と、『サタン』の血統としての格の違いを思い知らされたような気分だった。
「俺たち『サタン』にとって、“憤怒”の感情は重要な動力源だ。だから俺はあんたに笑いかけた。“憤怒”の感情が途切れるようにな」
その通りだ、とグルゥは痛感していた。
ヴァングリフが会釈をしてきた時、グルゥの脳裏には過去の記憶が蘇っていたのだ。
それは、まだヌエツト城で働いていた頃、やんちゃなヴァングリフに手を焼いていた記憶。
まだ、自分も、そしてヴァングリフも――己に降りかかる悲劇なんて知らない、穏やかな時間が流れていた頃の記憶だった。
「どう、して……こんなことを、するんだ…………っ」
「“こんなこと”? ……なーに、安心しろって。それは、俺があんたを手中に収めてから、たっぷりと話してやるからな」
嫌な予感がした。
どうしてここに、ヌエツトを去ったヴァングリフが居るのかは分からないが、仲良くするつもりは毛頭ないらしい。
「私……は……まだ、倒れるわけには…………っ!!」
地に着いた両腕で体を持ち上げるようにして、グルゥは立ち上がろうとする。
その時、ヴァングリフの後方から、キットとミノンがやって来るのが見えた。
リンメイにやられてから、ようやく意識を取り戻したのだろう。
久しぶりに見たキットの姿。
だが、二人が意思の疎通を行うよりも先に――
「残念、ここでおやすみだ。グルゥおじさん」
ヴァングリフが無慈悲に放った蹴りが、グルゥの巨体を石ころのように吹き飛ばしていた。
第14章 鬼とおっさん(後編) ―完―




