73.続・異変とおっさん―10
が、その一瞬の間だった。
リンメイが、掴まれた自らの腕を斬り落とし、大殺界の解除を行ったのは。
「――ハッ!?」
闇の世界が一転、元の古民家に戻り、グルゥは前後不覚の状態でふらついた。
一方、距離を保った状態のリンメイは、平然とキットらの上に腰掛けたままである。
「およそ二秒。それが今の大殺界の、現実での時間の流れだ」
「な、に…………?」
「“気”の扱いに慣れていない者にとっては、たった二秒でも相当な精神への負担がかかるだろう? そして私は――ほぼ精神を消耗することなく今の業を放つことが出来る」
闇に紛れて、薄闇の刃が飛んでくる。
グルゥは必死に目を凝らしリンメイとの距離を詰めるが、また一撃が、右肩を掠めた。
「ク――」
再び始まる、大殺界での蹂躙劇。
ズタズタにされながらも、なんとかリンメイに辿り着くことに成功する。
が、グルゥに出来るのはそこまでだ。
大殺界を解除され戻った現実世界では、その距離は一メートルも詰められていない。
「くそ……くそおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
例え敵わないと分かっていても。
何も出来ないと分かっていても。
グルゥは前に進み続ける。
その度に、何度も、何度でも、精神をズタズタに斬り裂かれながら。
「う……ぅう、あ…………」
畳の間に這いつくばるグルゥ。
既にその精神は崩壊寸前で、虚ろな目はどこにも焦点が合っていなかった。
「驚いたな。まさかここまで、底知れぬ精神力を持っているとは」
やれやれと肩をすくめながら、リンメイは足元に倒れるグルゥに、憐れみの言葉をかける。
「私の負けだよ」
グルゥの右手は、確かにリンメイの生身の足首を掴み、その骨と肉を砕こうと握り締められた。
第13章 鬼とおっさん(前編) ―完―




