73.続・異変とおっさん―6
そのため――怒りに我を忘れたグルゥは、気付いていなかったのだ。
薄暗い、灯りのない民家の中。
既にそこから、リンメイの術中に嵌まっていたことに。
「がっ!?」
右の足に鋭い痛みを感じ、思わずグルゥは呻き声をあげた。
見れば、足首が深く斬られて抉れており、今にも千切れそうな皮一枚の状態になっている。
「なッ…………!?」
まったく見えなかった、視界の外からの攻撃に、グルゥは今まで感じたことがないような戦慄を覚えた。
何をされたのか、ハッとしてリンメイの方に向き直るが、
「な、んだと……!?」
既にそこにはリンメイの姿は無い――というより、倒れていたはずの三人の姿も無かった。
気が付けばグルゥは誰も居ない暗黒空間の中に一人立ち尽くし、前後左右も分からない状態になっている。
「貴様、何をしたッ! 幻覚か、これはッ!?」
『幻覚ではない……今、確かに、私の“殺気”がお前の“気”を捉え、大殺界に引きずり込んだのだ。だが、私の“殺気”を受けてまだ正気を保っていられるとは、侮れん男だな』
どこからともなく反響して聞こえている、リンメイのくぐもった声。
グルゥの記憶の中で、宴の際にシュテンから聞かされた話がハッと蘇ってくる。
「そういえば、シュテンから聞いたぞ。テンザンには、若くして最強の座についた武士がいると。確か名をリンメイと言い、無刀の型という特殊な戦い方をすると聞いた」
『……やれやれ、棟梁には困ったものだな。私の“気”は、中身を知っている者には効果が半減するというのに』
ため息混じり話すリンメイ。
やはり噂に聞いていた男かと、グルゥは警戒して身構えた。




