73.続・異変とおっさん―4
うまくシュテンから逃げ切ったグルゥは、全力疾走で借りている民家まで走ってきていた。
呼吸が整わず、アルコールのせいで吐きそうになっているが、今はそれどころじゃないと自分に言い聞かせる。
「キット、いるか――」
玄関の戸を開けようとした時、地面が妙にぬかるんでいることに気が付いた。
足元を見て、ギョッとする。
(血だまりが……いったい、誰のものだ!?)
まさか本当に、この場でクリクが斬られたのかと。
あらぬ想像をしたグルゥは、背中にゾッと悪寒がはしるのを感じた。
「いや、そんなはずはない……キットを、ブランを信じるんだ」
玄関の戸を開けるグルゥ。
しかし、民家の中は妙に静まり返っていて、誰かが動いているような気配はない。
おかしい、とグルゥは直感的に思った。
もしもキットが居るのなら、真っ先に自分の下まで駆け寄ってくるはずだ、と。
「おい、誰かいないのか!? キット、ブラン!! ……返事をしろっ!!」
グルゥの呼びかけは、民家の中で空しく反響するだけだった。
ゴクリ、と唾を飲み込んだグルゥは、意を決して中に足を踏み入れることにする。
物音一つしない、薄暗い民家の中は、妙に不気味に思えた。
居間から台所と、手前の部屋から順番に見回っていくグルゥ。
「……ん? なんだ、この音は」
何かが滴り落ちる水音が、寝室の方から聞こえたような気がした。




