73.続・異変とおっさん―1
わけが分からない、とキットは一人思っていた。
ドンドンと玄関が荒々しく叩かれ、グルゥが帰って来たのかと尻尾を振りながら戸を開けた瞬間。
キットの目に飛び込んできたのは、軒先で無残に倒れている、ミノンの姿だった。
ハッと驚いたが、悲鳴をあげる暇もなかった。
壁にぴったりと張り付いていた、何者かの殺気。
とっさに反応して飛び退いたものの、その殺気は、キットの全身をズタズタに斬り裂いていたのだった。
「あ、あ…………っ」
バラバラになった手足。
地面に這い蹲るキットだが、自身の体からは一滴の血も流れていないことに、違和感を覚える。
「これ……は……っ!?」
「へぇ。私の“大殺界”の中に取り込まれても正気を保っていられるとは、相当強靭な精神か、鋭敏な感覚を持っているようだ」
月明かりを背にして目の前に立っているのは、長髪の鬼だった。
刀も抜かずに、ただ立っているだけの姿を見て、キットの違和感は確信へと変わる。
「お前……何をしたっ……これは、幻術か……っ!?」
「幻術、とは少し違うな。私の“殺気”で、君の“気”そのものを斬ったのだ。だが、まるで肉体をバラバラにされたように、君の脳は錯覚しているはず」
その種を明かされた瞬間、バラバラになったと思った手足が、パッと自身の体に戻ってきたのを感じる。
だが、斬られた痛みはしっかりと残っており、そのダメージでキットはしばらく動けそうになかった。
「何が、目的なんだ、お前は……っ!!」
キットの問いに、長髪の鬼はやれやれと肩をすくめた。




